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粉川なつみ氏個人で買付のウクライナ映画に応援の輪

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粉川なつみ氏個人で買付のウクライナ映画に応援の輪

2023年09月26日
 Elles Filmsの粉川なつみ氏(代表取締役)がほぼ全財産を投じて買い付けたウクライナのアニメーション映画『ストールンプリンセス:キーウの王女とルスラン』に多くのファンや映画業界人が協力の姿勢を見せ、応援の輪が広がっている。(この記事は9月8日付有料版で掲載したものです)


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中央が粉川氏


 同作はウクライナのアニメーションスタジオ「アニマグラッド」が制作したアニメーション映画。日本でウクライナのアニメ映画が公開されるのは今作が初となる。なぜ粉川氏は個人で同作を買い付けたのか。それは、ロシアによるウクライナ侵攻がきっかけだったという。

 「当時所属していた会社(チームジョイ)が、本作の買付を一時検討したことがあったため気になっていた作品でした。そんな時に、ロシアのウクライナ侵攻が起きました。個人的に寄付をしたりしたものの、それほど大きな支援にはなりません。他に何かできることはないかと思い、この『ストールンプリンセス』を日本で上映することが、自分でやれる寄付以上の支援なのではないかと考えました」(粉川氏)。

 同作に全てを賭けようと考えた粉川氏は、アニマグラッドに直接連絡して交渉し、前記の通りほぼ全財産を投げ打って買付を決断。昨年7月に会社も退社し、個人で配給会社を設立して同作の公開準備に全力を注いだ。

 粉川氏がまず着手したのはクラウドファンディング。劇場公開にかかる費用と吹替版制作の予算に充てるべく、最大1700万円を目標に支援を募った。ところが想定を大きく下回り、CFの募集締切が数週間後に迫った時点で寄せられた支援額は300万円ほど。「全く目標額に届かず半泣き状態でした」(粉川氏)という。

 潮目が変わったのは、俳優の別所哲也がナビゲーターを務めるラジオ番組「J-WAVE TOKYO MORNING RADIO」に粉川氏が出演してからだ。ハフポストの取材記事を読んだ別所が同作に関心を持ち、番組で紹介された。その効果は如実に表れ、CF残り1週間ほどで600万円以上が集まり、約700人から合計約950万円にものぼる支援の手が差し伸べられた。ちなみに、別所は公開直前に同番組でもう1度粉川氏の出演を確約しているほか、吹替声優としても参加するなど同作にエールを贈っている。

 支援額が目標値には届かなかった分は、製作委員会を組成して補填した。配給実績もなく、出資を頼れるつてもなかった粉川氏だが、「ウクライナへの支援という意義を汲んで、朝日新聞社が協力してくださることになりました。また、朝日の担当の方の提案や紹介により、KADOKAWAが共同配給と出資、ねこじゃらしも出資してくださることになりました。さらに、本作の上映を快諾してくださったユナイテッド・シネマにも委員会に参画してもらえることになりました」という。

 並行して進めていた「日本語吹替版」についても、粉川氏の奮闘ぶりとプロジェクトの意義に賛同する企業や人が続出。制作を担った東北新社は全面バックアップの姿勢で完成をサポート。「【推しの子】」や「からかい上手の高木さん」などの大人気声優・高橋李依(王女ミラ役)のキャスティングは同社の協力により実現した。

 ルスラン役の声優には、大人気グローバルボーイズグループ「INI」の髙塚大夢が決定した。「ラジオで聴いた髙塚さんの声がルスランにぴったりだと思い、事務所に直接オファーしたところ、すぐに快諾のご連絡を頂けて驚きました」(粉川氏)という。髙塚の仕事ぶりにも感銘を受けたといい、「吹替の仕事は初めてだったそうですが、本当に真剣に取り組んで頂きました。もう台本はボロボロ。髙塚さんのマネージャーの方が、演出面で指導された点を細かくメモされていて、その日の分の収録が終わったあとも、たぶん練習されたんじゃないでしょうか。次の日にはグンと上達されているんです。後半と前半ではクオリティが全く違ったため、『前半を録り直したい』と再収録をご提案頂くなど、この作品のためにあらゆる努力をして頂きとても嬉しかったです」と感謝の言葉を述べる。

 予告編のナレーションを俳優・監督の斎藤工が担当したことも注目だ。この起用にいたる劇的なエピソードも粉川氏の行動力の高さが窺える。「有楽町を歩いている時に斎藤さんをお見かけしたんです。もちろん面識はありませんし、すれ違っただけなのですが、意を決して走って追いかけて、この作品を紹介しました。走って息切れしているし、その時は名刺も持っていなかったので、誰が見ても私は怪しい人間だったと思いますが(苦笑)、10分ぐらい立ち話に付き合ってくださり、予告編のナレーションをお願いしたところ、『ぜひ』とご快諾頂けました」(粉川氏)。

 こういった支援は業界内だけに留まらない。宣伝を粉川氏一人で担っているため、手薄になっていたタイアップ面をカバーするべく、ツイッター(現X)で応援サポーターを募集したところ、髙塚大夢のファンを中心に続々と手が挙がった。「行きつけの美容院に映画のチラシを置いてもらえるよう頼んでおきました」といった声が粉川氏のもとに多数寄せられ、30~40か所へチラシの送付が決定。保育園で紹介してもらうよう、宮崎県の延岡市保育協議会にも4千部を送付済みだ。

 6月にはNHK「おはよう日本」で同作の取り組みが7分間にわたり紹介された。この番組がきっかけで、粉川氏は先ごろ千葉県のロータリークラブで講演会に登壇。千葉テレビへの出演も決まった。出身地・兵庫県川西市では、市長への表敬訪問も実現し、当日は朝日・読売・産経の3紙が取材に訪れた。

 粉川氏は「本当に皆さん優しくて、すごく協力してくださっています。この場を借りてお礼を申し上げます。これだけ応援してくださっているので、ヒットさせなければというプレッシャーもすごいです(笑)。頑張ります」と9月22日(金)の公開初日に向けて意気込む。

 なお、同作の収益は、アニマグラッドへの分配のほかに、ウクライナ政府と、制作が困難になった映画関係者を支援する取り組み「International Coalition for Filmmakers at Risk」へ5%ずつ寄付することが決まっている。

【追記】
 同作は9月22日より全国54館で公開され、好調なスタートを切った。24日までの3日間で動員1万1118人、興収1650万3040円を記録した。


取材・文 平池由典

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