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清水 節のメディア・シンクタンク【Vol.1】

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清水 節のメディア・シンクタンク【Vol.1】

2013年12月05日
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ジブリらしからぬ宣伝コピー「総製作費50億円の娯楽超大作」


 ひとつの時代が終わっていく。スタジオジブリが大きな曲がり角に差しかかり、2013年は日本映画界にとっても節目の年となった。子供向けという枷を外した『風立ちぬ』の公開中に、72歳の宮崎駿監督が「長編劇場アニメ映画引退」を発表した衝撃は言うまでもない。そして、もう完成などしないのではないかと囁かれていた、78歳の高畑勲監督の執念の一作『かぐや姫の物語』が満を持して公開された。『となりのトトロ』『火垂るの墓』の2本立ての封切を、空席の目立つ劇場で観てから四半世紀。潮目が大きく変わる中、気になる言葉を目にした。それは、『かぐや姫の物語』の広告コピー「製作期間8年、総製作費50億円の娯楽超大作。」である。

 ある日の新聞広告では、このサブコピーの方がメインコピー「姫の犯した罪と罰。」よりも大きく太くレイアウトされていた。かつてハリウッド大作ではよく見かけたハッタリ型の惹句だが、ジブリとしては異質だ。『もののけ姫』の「生きろ。」、『千と千尋の神隠し』の「トンネルのむこうは、不思議の町でした。」、『崖の上のポニョ』の「生まれてきてよかった。」…。時代の風を読み、エモーショナルな言葉で自作の本質を語ってきたジブリが、露骨な数字を前面に押し出してきた。『かぐや姫の物語』とは誰もが知る昔話を超えた作品だという期待感を抱かせる効果はあるが、裏を返せば、興行への危機感の表れとも取ることが出来た。いや、それだけではないだろう。

 『かぐや姫の物語』公開初日午前の回、新宿バルト9に足を運んだ。キャパ405席のシアター6の入りは7~8割。一方、公開5週目の『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語』は、回数こそ少ないものの夜まで満席表示。鳴り物入りの宣伝でファミリー層を狙いつつも今ひとつ弾けないジブリ最新作と、特典配布効果によってコア層のリピーターを集客する深夜アニメ発の映画の対照的な光景だった。これらの初日&2日目を比較すると、456スクリーン公開の『かぐや姫~』が興収2.8億円/動員22.3万人であるのに対し、129スクリーンの『まどマギ』の方が興収4.0億円/動員27.1万人と圧倒している。ちなみに、最終興収120億円が見込まれる『風立ちぬ』の初日&2日目は、454スクリーンで興収9.6億円/動員74.7万人だ。キャラクターと背景が一体化した“動く日本画”ともいえる革新的な『かぐや姫~』に立ちはだかる現実の壁。高畑の前作『ホーホケキョ となりの山田くん』は、ジブリ史上最低の部類に当たる興収15.6億円にとどまっている。それでも2週目週末は、前週比94%と落ち込みが少なく、最終見込みは25~30億円あたりか。

 カタルシスを与えることなく、観る者を突き放す高畑アニメの苦境は想定されていたはずだ。つまり、宣伝で銘打った製作費50億円は、初めから回収出来るとは思えない数字だった。多くの有能な人材が長年制作にあたる人件費を鑑みれば、大言壮語の数字ではないだろう。「この製作費に対してこの結果は物足りない」「質は高いがコケた」という言い回しが出ることが予想されたにも関わらず、ジブリが生々しい数字によって、この映画を世に伝えた意図はどこにあるのか。それは、『かぐや姫~』の冒頭に一枚看板でクレジットされた製作者・氏家齊一郎に対する敬意の念であろう。2011年に亡くなった元日本テレビ会長・氏家は、若き日に日本共産党員だった。「高畑さんにはまだマルキシスト(マルクス主義者)の匂いがする」という表現でシンパシーを語り、宮崎以上に高畑を評価して「大きな赤字を生んでも構わない」との決意で、氏家が製作にGOを出さなければ、高畑によるラディカルな新作を観ることは出来なかった。

 このコピーは、さらに雄弁にものを語っているのではないだろうか。製作委員会システムによるリスクヘッジが常識化した今、「パトロン」という存在が、志高き大作を支えてきた側面を語り伝えることにもなる。ジブリ設立の最大の功労者であった元徳間書店社長・徳間康快という人物もまた、クリエイターに対する大いなる庇護者だった。「製作期間8年、総製作費50億円の娯楽超大作。」という品質証明は、それだけの金と時間を使える才能は限られているという証左であり、責任の所在を明確にする言葉でもあると思うのだ。宮崎と高畑の映画を作るために起ち上げられたジブリは、その使命を十分に果たしてきたが、宮崎吾朗や米林宏昌という後継監督は、何を志しどこへ向かうのか。“見習い”と称してジブリに席を置くドワンゴ会長の川上量生は、ネット・メディアを拠点にどのような未来地図を描くのか。そして、ジブリの外で芽を出しつつある数々の才能は、如何に大きく花開くのか。すべては、野心と先見性と責任感のある、現在30~40代のプロデューサーの双肩にかかっている。




 本コラムは、業界紙記者とはひと味違う鋭い視点で、映画はもちろん、テレビその他をテーマに定期連載していくが、総合映画情報サイト「映画.com」(http://eiga.com/)とコラボレーションし、画期的な試みとして2つのメディアで交互に隔月連載していく。この試みがユーザー(読者)、そしてエンタメ業界、メディアに刺激を与え、業界活性化の一助になることを目指す。
 「清水 節のメディア・シンクタンク」VOL.2は、1月10日(金)「映画.com」にアップ。




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清水 節(編集者/映画評論家)

1962年東京都生まれ。日藝映画学科、テーマパーク運営会社、CM制作会社、業界誌等を経てフリーランスに。「PREMIERE」「STARLOG」など映画誌を経て「シネマトゥデイ」「映画.com」「FLIX」などで執筆、ノベライズ編著など。「J-WAVE 東京コンシェルジュ」「BS JAPAN シネマアディクト」他に出演。海外TVシリーズ『GALACTICA/ギャラクティカ』クリエイティブD。ツイッター⇒ https://twitter.com/Tshmz

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