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『メアリと魔女の花』スタジオポノック 西村義明代表取締役/プロデューサー ロングインタビュー

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『メアリと魔女の花』スタジオポノック 西村義明代表取締役/プロデューサー ロングインタビュー

2017年04月04日

西村義明氏.jpg



 スタジオジブリ出身の西村義明プロデューサー(=写真)が新たに設立した、株式会社スタジオポノックの第1回長編映画『メアリと魔女の花』(配給:東宝)が7月8日に劇場公開される。『借りぐらしのアリエッティ』と『思い出のマーニー』を手掛けた米林宏昌監督の最新作であり、ジブリの血を受け継ぐ新たな作品として、大きな注目を集めている。

 社名の「ポノック」とは、クロアチア語で「深夜0時」を意味し、新しい1日が始まるという思いが込められている。おりしも、アニメーション100年目の節目となる2017年に新たな1歩を踏み出す西村プロデューサーに、ジブリ時代の貴重な経験やエピソード、そして米林監督とのタッグ、『メアリ』にかける思いを聞いた――。





「夢」と「悪夢」描くジブリに

――どのような経緯でスタジオジブリに入社されたのですか。

西村 映画を勉強するために、3年半ほどアメリカに留学していたのですが、僕は子供が好きでアニメーション映画を作りたかったので、ドリームワークスか、ピクサーか、ジブリかな、と思っていたんです。日本から離れていたので、就職活動がどういうものなのか、よくわかっていなかった人間の発想ですが(笑)。
 自分の中ではジブリとドリームワークスが非常に印象に残っているんです。ドリームワークスを率いる(スティーブン・)スピルバーグは、エンターテイメント性の高い作品を作る一方で、『ミュンヘン』や『シンドラーのリスト』など、世の中に実際に起こったことを描いています。ジブリも、『となりのトトロ』と『火垂るの墓』が象徴的で、夢や希望を描く一方、人間の直面する現実、愚かしい部分も描いている。これを僕は「悪夢」と呼んでいますが、両面を描いているのはこの2社だと思っていたんです。それに、日本に戻りたいとも思っていたので、僕が大事だと思っている「夢」と「悪夢」を描いているジブリに行きたいと思いました。
 子供たちに何かを伝える時に、「将来ってこんなに希望に満ちているよ」ということだけを伝え過ぎると、実際に世の中に出た時に現実に打ちのめされてしまうことがあると思います。それなら、子供たちに対して、「人間はこういう側面がある」という現実を、大人になる前にきちんと伝えることも大事だと思っています。それを伝えてきたのが、高畑勲、宮崎駿の両氏だと思うんです。

――どのような就活をしたのですか。

西村 知人に電話をすると、運よくジブリに近しい人を知っていて、その人を頼って、鈴木(敏夫)さんに手紙を手渡してもらいました。それが2000年の冬頃だったと思います。でも返事は来ませんでした。そりゃ来ないですよね(笑)。
 それからしばらく経ち、2001年の夏休みが終わった頃、アメリカの滞在先の電話が鳴って、鈴木さんのアシスタントの方から「鈴木が会いたいと言っている」とご連絡頂きました。じゃあ明日行きますと答えたところ、「え、西村さん今アメリカにいるんですよね?」と。今から飛行機に乗れば間に合うと言うと、「ちょっと待って」と言われて、電話の向こうで「鈴木さん!西村さんが明日来るって言ってるんですけど!」と呼びかけたんです。すると、遠くから鈴木さんの声で「責任とれないから来るなって言って!」と聞こえるわけです(笑)。
 結局「冬休みに来てください」と言われ、冬休みにジブリを訪ねて、鈴木さんに面接して頂き、入社することが決まりました。


ユニークな入社経緯

――その行動力を買われたのでしょうか。

西村 鈴木さんはそんな人じゃないです。面接と言っても、まともにしてくれないんです(笑)。面接の時、鈴木さんは掃除をしていて、そばにいた、当時日本テレビの映画事業部の奥田(誠治)さんに、「奥田さん、何かこの子に質問ないの?」と言うんです。すると、奥田さんが「西村くん、英語しゃべれるの?」と。はいと答えると、「彼女とかいるの?」「ええ、まあ」「お金は?」「貯金ないです…」。そのあとはシ~ンです。もっと色々聞かれるのかと思いますよね(笑)。
 すると鈴木さんがいきなりバンッと目の前に座って、「あのさあ、君、本読んでる?」と聞いてきました。「週に2~3冊は読んでいます」と答えると、近くにいたアシスタントの方に、鈴木さんが「お前は?」と聞くんです。アシスタントの方が答えたのは「週に40冊読んでます」。内心、ウソでしょ!?と思いました(笑)。一日5~6冊ですよ。でも、鈴木さんは「だってよ」って…。
 僕はちょっと反発心を覚えて、「小泉信三さんが、『万巻の書を読むよりも、優れた人物に会う方がどれほど勉強になるか』と言っていますよね」と歯向かったんです。すると、鈴木さんに「小泉信三に関しては俺の方が知っているよ。それに、俺は君の何百倍も人と会っている」と言われ、じっと睨まれたんです。これは負けられないと思い、30秒ぐらい目が合ったまま無言の時間が過ぎました。そして、鈴木さんが目をそらしたんです。勝った!と思いました(笑)。鈴木さんは「もういい、面接終わり」と。本当にこんな感じの面接でした。「あ、はい、ありがとうございました…」とお礼を言って、部屋を出て行きながら、ジブリに入りたいのに、鈴木さんとメンチの切り合いして、俺は何をやってんだ…と思いました(苦笑)。

――強烈な面接ですね。

西村 でも、忙しい時に時間をもらって、色々な人に紹介いただいて得た機会ですから、鈴木さんと奥田さんとアシスタントの方にお礼状を書かなきゃと思ったんです。面接は金曜日だったので、その日に投函しても週を跨いでしまうなと思い、翌日の土曜日に、もう1度(ジブリのある)東小金井に足を運び、受付の人に直接お礼状を渡しました。「鈴木に会っていかなくていいんですか?」と言われたのですが、「いえ、お忙しいでしょうから」と言って、当時住んでいた五反田のほうに戻ったんです。すると携帯電話が鳴って、ジブリの方から「西村さんどこにいるんですか!」って。五反田にいると答えると、「鈴木が怒っています!今すぐ来れますか!?」と言うのです。「あ、はい」と答えて、東小金井までトンボ帰りです。面接の日は、直前に仕立てたスーツを着て行きましたが、お礼状を持っていった日はボロボロのラッパーのような服を着ていて、「この服で会うのか…」と思いましたね。


続きは、文化通信ジャーナル4月号に掲載。

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