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日活OB宍戸錠さん逝去、長女からコメント

【FREE】日活OB宍戸錠さん逝去、長女からコメント

2020年01月25日
 日活は23日(木)、OB俳優・宍戸錠さんが18日(土)に逝去したことに伴い、詳細を発表した。虚血性心疾患により自宅で死去。享年86。故人の遺志により、葬儀は23日に近親者で執り行われた。

 日活ニューフェイス第1期生として1954年に日活に入社した宍戸錠さんは、1960年代には日活ダイヤモンドライン入りを果たし、 “エースのジョー” のニックネームで日活無国籍アクション、ハードボイルド作品を中心に日本映画黄金期のスターとして活躍、日活出演作は170本超を誇る。日活では、「生前の偉大なご功績に深い感謝の意と尊敬の念をもって、謹んで哀悼の意を表します」としている。

 また、宍戸錠さんの長女・紫しえさんのメッセージも次の通り報告している。

「関係者各位 

 この度は、父であり、弊社所属俳優・宍戸錠に対し、お気遣いいただきましたことに厚く御礼申し上げます。1月18日、自宅にて虚血性心疾患により急逝致しました。突然のことで困惑し、関係者の皆様への対応が遅くなりましたことをお詫び申し上げます。

 晩年は “エースのジョー” ではなく、父・宍戸錠として、私、義理息子(夫)と穏やかに過ごしておりました。特に私ごとになりますが、里子を預かってからは本当にお爺ちゃまの様になり、『お前は良い俳優になれる!』と、アクションを孫(里子)に教える日々でした。

 私たち親子は長年過ごしてきた強面の宍戸錠とは思えない時を過ごすことができました。母の遺言である “しえが最後まで映画俳優・宍戸錠でいさせなさい!” を全うできたと思います。

  “90歳の殺し屋” の映画を撮ることが出来なかったことだけを悔やんでいると思いますが、天国にて脚本を書いている母と実現するでしょう。

 1月23日、本人の希望により密葬にて送り出しました。生前に映画俳優・宍戸錠を愛し、応援してくださった皆様に心より感謝申し上げます。

 1960年公開『拳銃無頼帖 不敵に笑う男』より、

  “オレか?オレは生まれながらの殺し屋さ。ちょっと流離の旅に出てくることにしたよ!エースのジョーに会いたい奴は日活の活動写真を観てくれよ!じゃあな。” 

宍戸錠事務所 長女 紫しえ」

※記事は取材時の情報に基づいて執筆したもので、現在では異なる場合があります。