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「アジア映画の森 新世紀の映画地図」監修、石坂健治氏

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「アジア映画の森 新世紀の映画地図」監修、石坂健治氏

2012年06月19日

圧倒的なアジア映画の勢いを受け止めて欲しい


asiamovie_book.jpg 東京国際映画祭「アジアの風」部門のプログラミング・ディレクターを務め、日本映画大学の教授でもある石坂健治氏が監修者として名を連ねるアジア映画ガイドブックの決定版「アジア映画の森 新世紀の映画地図」(作品社刊)が先月末発売された。

 ひと口に「アジア映画」といってもその範囲は幅広い。中国の急成長はもちろん、グローバル化とクロスメディアの波の中で、アジア映画は進化し続けている。本著は、東は韓国から西はなんとトルコまで、深いアジアの“映画の森”の中へ果敢に分け入った、これまでにない画期的なアジア映画読本だ。アート作品からエンタテインメント作品まで、国別の概論・作家論とコラムで重要トピックを網羅している。

 石坂氏に加え、市山尚三氏、野崎歓氏、松岡環氏、門間貴志氏が監修・執筆し、若手のライター夏目深雪氏、佐野亨氏が編集を担当。四方田犬彦氏、宇田川幸洋氏など現在日本でアジア映画について語り得る豪華な執筆陣が結集した。

 “アジア映画”とは何か―、そして、そこから見えて来る日本映画の現在位置にまで迫る、業界人も必読の書。本著をまとめた経緯や狙いなどについて、石坂氏に聞いた。
(インタビュー:和田隆)



2000年以降のアジア映画の動向

 ――本著をまとめられた狙いについて聞かせて下さい。

P1200168.JPG石坂
 アジア映画は一般公開されるものもありますが、国が限られていたり、映画祭で上映するものはその場で終わってしまうものが多いので、きちんと記録しておかないといけないという思いが前々からありました。似たようなことを考えている方たちが結構いて、スタートした本です。
 版元の作品社さんは9年前の2003年に四方田(犬彦)先生が監修という形で、「知の攻略 思想読本 アジア映画」という本を出しています。当時としてはあまり類のない本で、やはり国ごとに章が分かれていて、最初に座談会があり、作家論があってと、100人くらい取り上げられていたと思います。私も執筆で参加しましたが、それから10年近く経つので、リニューアルしたいという思いもありました。

 今回は、2000年以降のアジア映画の動向というところに絞った本格的なガイドブックであり、尚且つ一般公開されたものや、映画祭で上映されたものをほぼ網羅するという形で、監修者が5人揃いました。その中には、私や市山(尚三)さんみたいに、実際に映画祭のディレクターをやっている人間が入っているので、自分の東京国際映画祭も含めて、一般公開はされていないけども、映画祭で上映した作家や作品を網羅するように心がけました。
 書き手も、四方田さんには巻頭論文を特別寄稿という形で書いて頂き、諏訪敦彦監督にはアピチャッポン・ウィーラセタクン論を、作家ならではの視点で書いて頂きました。「森」というのが今回のもう一つのテーマなんですが、森を撮るということはどういうことかという、作り手の側からの素晴らしいアピチャッポン論です。みんなの人脈で、宇田川(幸洋)さんなど、日本でアジア映画について書ける人をほぼ集めてしまったのではないでしょうか。これだけの書き手を集めて一年で編集できたというのは、結構順調にいった方だと思います。


 ――執筆者それぞれにテーマを与えて書いてもらったのですか。

石坂
 最初の企画書の時点からこれくらいのボリューム(368ページ)にはなるだろうなという予想はしていました。出来上がってみて、改めて、実はこんなに日本でアジア映画が上映されていたのかと驚いています。韓国、中国といった近いところは馴染みがありますが、遠方の中東とか、イラン、トルコ、イスラエル、パレスチナといったところまで網羅しているのがこの本のもう一つの特徴です。「アジアの概念」からいうと相当広げた感じです。これは東京国際映画祭で私がやっているコンセプト作りと同じで、サッカーW杯のアジア予選の地域と同じくらい広い「アジア」です。
 「アジア」というのは概念が非常に難しくて、外務省のHPを見るとアジアはパキスタンまでで、パキスタンの隣、アフガニスタンからが中東という位置付けになるんです。トルコまで今回は入れているので、面積的にはかなり広大な地域を網羅しています。


文化的に理解しなければいけないという強い思い

 ――改めて日本における「アジア映画」を定義し直す意味合いがあるのですか。

石坂
 2000年以降で大きかったのは、9.11があり、その後イラク戦争があり、つまり中東やイスラム教というものが、テロの温床とか、アメリカ的に言うと敵味方みたいになってしまいました。そういった見方ではなく、ちゃんと文化的に理解しなければいけないなという思いがこの10年一番強くありました。

 実際に、私は東京国際映画祭でアラブ映画を継続的に紹介していますし、市山さんの「東京フィルメックス」もイランやイスラエル作品を盛んに上映しています。西の方への関心を映画祭を通じて高めるというのは、我々にとっては共通の意識があり、それが本にも反映されています。
 映画とイスラム国家ということも大きなテーマだとすれば、行きつく先はエジプト映画まできちっと紹介しなければなりません。さらに、なぜイスラエルは対立しているのか?というテーマもありますから、イスラエル映画にも一章設けています。


 ――そこまで網羅されて、アジアの共通項みたいなものが見えてきましたか。

石坂
 イスラム教は、そもそも偶像崇拝を否定しているわけで、ビジュアルアート、つまり映画や絵画など、視覚に訴える表現については、作家たちは常に意識しています。最近は検閲が厳しくなっている国もあり、イランでは「これは映画ではない」(11年)のジャファル・パナヒ監督が自宅軟禁の状態です。表現と政治と宗教のせめぎ合いの中で生きている作家たちがいる。
 しかし、そういう制限がありながら素晴らしい作品が作られている国も多い。その辺の緊張関係は我々にとっても決して無縁ではありません。例えば中国なども検閲の中で、インディーズの作家たちがどうやって発表しているかもこの本に書かれています。そうした面でアジア各地で共通する問題も出てくるし、東アジアの問題とイスラム国家の問題が関連づけられるようになっています。


日本のミニシアター文化の成果

 ――これまで日本で上映されているアジア映画は、本当に意外と多いですね。

石坂
 一般公開ということを考えると、やはりミニシアター文化というのが日本は80年代くらいに出来ました。それはいま風前の灯ではあるんですけど、ミニシアターで世界各地のアートフィルムを観るクセが付いている層が、アジアの作家などに注目して映画を観ていくという傾向が、日本は他のアジア諸国と比べると非常に強いのではないでしょうか。これはミニシアター文化の成果だと思います。そういう動向に乗って、相当数のアジア映画が紹介されたのかなと思います。ただ最近は、一般公開されるアジア映画、外国映画が減っているという問題があります。


 ――アジア映画について深く知ると、改めて日本映画の現在位置が見えてくるような気がします。

石坂
 いろんな国のボーダー(境界)がなくなってきて、スタッフ・キャストが一緒に作るところが、最近非常に多いと感じます。象徴的なことで言うと、今年5月のカンヌ映画祭で観た中国映画。「危険な関係」というフランスの小説が原作で、過去に映画化もされたもののリメイクで、中国語題名もそのまま「危険な関係」という作品。これは監督が韓国のホ・ジノ、出演が中国のチャン・ツィイーと韓国のチャン・ドンゴン、香港のセシリア・チャンといった、つまりオールスターキャストで、中国・香港・韓国が共同製作したもの。1930年代の上海の上流階級のデカダンスな恋愛もので、なぜホ・ジノが撮るのかと思うところもありますが、それは別にして、今やそういう時代になっています。中国、韓国は合作協定が出来ていて、今後もこうした作品がどんどん作られていくでしょう。かなり早い動きです。

 それからアピチャッポン監督の「ブンミおじさんの森」も、資金を出しているのはヨーロッパですが、描かれているのはタイの森の奥の汎アジア的な空間で、生きている者と死んでいる者が一緒にご飯を食べているという、絶対にヨーロッパの世界観にはない映画が制作されているわけです。日本はなまじ過去に黄金時代があったからか、国内のマーケットで充足してしまって、なかなかそこから脱皮できる態勢にはなっていませんね。 (つづく)


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