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すごい熱量の『ハケンアニメ!』、東映須藤氏「狙っても作れないところに来た」

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すごい熱量の『ハケンアニメ!』、東映須藤氏「狙っても作れないところに来た」

2022年05月19日
 東映配給『ハケンアニメ!』の評判が上々だ。3月から始まったマスコミ試写会は毎回満席の大盛況となり、急遽回数を追加して対応した。鑑賞した後に熱い感想を語る人が多く、「自分も頑張ろう」と奮い立ちながら試写室を後にする人が続出しているという。企画立ち上げから7年。劇中のキャラクターと同様に、作品の完成に向けて情熱を注いできた企画プロデュース担当の須藤泰司氏(東映 企画製作部 シニアプロデューサー)に話を聞いた。

 辻村深月の同名小説を実写映画化した同作は、アニメの頂点「ハケン(覇権)アニメ」をめぐり、アニメ業界で働く仕事人たちの熱い戦いを描くお仕事ムービーだ。同じ時間帯に放送されるアニメ『サウンドバック 奏の石』の新人監督・斎藤瞳(吉岡里帆)と、『運命戦線リデルライト』の天才監督・王子千晴(中村倫也)が火花を散らすストーリー。同じチーム内でもぶつかり合いながら、傑作を生み出すため、そして作品をヒットさせるために猛進していく主人公たちの姿が見る人の心に火を点ける。須藤氏は原作小説について「振り回されるプロデューサーが、まるで自分のことのように思えました。これは自分が作らないといけない。とても思い入れの深い企画でした」と話す。実は、企画当初は今とは異なる座組で製作を予定していたが、都合により参画を予定していたパートナーがとりやめる事態に。それでも須藤氏は「絶対に面白くなる」とこの作品にこだわり、執念で製作にこぎつけた。


『ハケンアニメ!』東映の須藤氏.jpg
須藤氏


 原作者の辻村も映画化に全面協力した。プロット・脚本は、政池洋佑&須藤の二人三脚で行いつつ、辻村とも入念にキャッチボールしながら作り上げていった。須藤氏は「男2人の作業でしたが、最初から辻村さんに入って頂くことで、ちゃんと原作者の意図と、女性としての視点も自然と入るプロットになりました。それが脚本にも良い形で反映されて、通常よりも実り多いものになったと思います」と振り返る。さらに驚きなのは、劇中アニメ『サウンドバック 奏の石』と『運命戦線リデルライト』について、辻村が2作品全24話のプロットを書き上げたことだ。劇中で実際に描かれるのは数話の数シーンのみ。それでも、どのエピソードを切りとっても破綻がないように、辻村が完璧にストーリーラインを作り上げてきたのだ。「ひっくり返りそうになりました。あの忙しい方にここまで書いて頂いて。これをもらった時には、本当にちゃんとやらないとダメだと身が引き締まりました」。

 ハケンを争うアニメの制作者たちを描くためには、実際にハケンを握るようなクオリティの高いアニメ作品を2本作らなければならない――。しかし、今は有力なアニメ制作スタジオは数年先までラインが埋まっている状態。「少しだけスケジュールを空けてもらう」といったことは至難の業だ。事実、この作品もスタジオの確保には紆余曲折があり、それが製作年数にも大きく影響してしまった。ただ、様々な関係者の尽力があり、『サウンドバック 奏の石』は東映グループだったコヨーテと白組、『運命戦線リデルライト』はプロダクションI.Gが制作を担うことになった。本当にシリーズ化しても何ら不思議のない一流のスタッフが結集。「ここまで皆さんにご協力頂けたのは、辻村さんの原作だからというのは間違いないです。この小説は(アニメ)業界でもすごく読まれていて、非常に支持が高かったのです。辻村さんの原作でなければ、たぶんちょっと難しかったんじゃないでしょうか。辻村さんのアニメに対する愛情は凄いので、それが業界の人にも伝わっているのではないかと思います」。


新鋭の吉野耕平を抜擢、監督自身も原作に高い関心

 そして、この原作をスタイリッシュで熱量の高い映像作品へと昇華させたのが吉野耕平監督だ。『水曜日が消えた』(20年6月公開)で長編映画デビューを飾った吉野監督だが、須藤氏が白羽の矢を立てたのはその遥か前。「2014年のndjc(若手映画作家育成プロジェクト)で彼が作った『エンドローラーズ』という作品を見て、映像がクールなのに、物語は人情味がある。『ハケンアニメ!』に合いそうだなと思ったのです。当時はまだ長編映画を監督した経験はなかったですが、それは周りがサポートすればいい。その上で、彼の感性をどう生かせるかが鍵でした」と狙いを説明する。須藤氏の目に留まった『エンドローラーズ』は、葬儀屋の若手スタッフが、喪主から無理難題を押し付けられながらも、故人の個性を生かした印象的な葬式の実現に向けて奮闘する物語。『ハケンアニメ!』で描かれる監督やプロデューサーたちの姿とも重なり、大いに親和性が感じられる。しかも、大ヒットアニメ映画『君の名は。』にCGスタッフとして参画した経験も持ち、アニメに対する造詣も深い。「ピッタリだと思いました」という。
 また、吉野監督自身がこの原作小説を気に入り、自身で企画書まで準備していたという偶然も重なった。オファーを受けた当時の心境について、監督はプレスシート用の取材に「嬉しかった反面、心のどこかで疑ってもいました。そんなに上手くいかへんやろう、と(笑)」と答えている。まさに抜擢されるべくして抜擢された監督と言えるだろう。出来上がった作品は、スポ根のような普遍的な内容でありながら、CGを巧みに駆使した斬新な映像表現が行われ、須藤氏が期待した吉野監督の手腕がフルに発揮されている。


『ハケンアニメ!』.jpg
(C)2022 映画「ハケンアニメ!」製作委員会


 この作品の細部へのこだわりは、劇中アニメや映像表現だけに留まらない。例えば美術については、アニメの制作現場が忠実に再現されている。劇中の制作会社「トウケイ動画」のスタジオは、東映アニメーションの旧スタジオをイメージしている。「明星大学にある、使われていない校舎を使わせてもらいました。ここにトラック20台分も持ち込み、セットを全部作りました。美術と装飾がすごい仕事をしてくれて、あの世界観が担保されました。しかも、東映アニメーションの梅澤淳稔さんがアニメ監修をしてくださり、現場にずっと張り付いてアドバイスしてくださいました。東映アニメーションの協力がなければ、あそこまでできなかったと思います」。

 劇中アニメの声優陣も一流キャストが並ぶ。『サウンドバック 奏の石』には高野麻里佳、梶裕貴、潘めぐみら、『運命戦線リデルライト』には高橋李依、堀江由衣、花澤香菜らが出演。「東映のキャスティング部に声優専門のセクションがありますが、そのプロデューサーが驚くほど凄い人ばかりをキャスティングしてくれました。豪華すぎて恐縮してしまって…(笑)。これだけの人が揃ったんだから、あとで監督に『もっと録ってよ』と言ったほどです」。

 また、劇中では吉岡里帆演じる新人監督と、高野麻里佳演じる声優が演出をめぐって対立する場面が描かれる。「アニメの業界では、監督が声優の演出をすることは少なく、音響監督がやることが一般的です。ですから、作品を鑑賞した方から『このシーンはあり得ない』とご指摘頂くことがあります。しかし、トウケイ動画のモデルになった東映アニメーションは、伝統的に監督が演出しているので、東映アニメーションを知っている方からは『わかるわかる』と。辻村さんは全て取材されているので、それも把握した上で書かれています。そこまでリアルに寄せています」。

 主演の吉岡里帆と中村倫也の熱演も注目だ。両キャラクターとも、良い作品を生み出すために苦闘する姿が共感を呼ぶ。須藤氏は「吉岡里帆さんは、京都太秦のご出身で、学生劇団に入りながら、週末は東京に来て演技の勉強をされていた。夢を追って地方から上京し、頑張って這い上がる主人公の瞳に似ていると感じ、オファーしました。ご本人も今できることを全てぶつけてくださり、見ている人にはそのあたりの気持ち良さが伝わるのではないでしょうか。中村倫也さんも、あるシーンで長台詞があります。原作の素晴らしい台詞を絶対に切りたくなかったのですが、案の定彼もこのシーンを面白いと思ってくれたそうで、完璧以上の演技を見せてくれました。あそこで(作品の)ドライブがかかりますから」と絶賛の言葉を並べる。


「なかなか狙っても作れないところに来た」と須藤氏

 試写会では、今働いている人、夢を追っている人、就職活動している人など、若い層から高い評価を得ている。ただ、須藤氏が「予想外でした」と言うのが、スポ根に慣れた50代以上からも「泣けた」という声が挙がっていることだという。「うちの社員に見せたい」といった感想も寄せられており、鑑賞した多くの人が刺激を受けるようだ。須藤氏は「ご覧になった人の話を聞いていると、我々の技術や努力でできるモノ以上の作品になった気がします。なかなか狙っても作れないところに来たように思います」と手応えを語る。公開初日は5月20日(金)。制作陣の熱量に満ち溢れた同作が、頑張る全ての人にエールを贈る。


(取材・文 平池由典)

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