K2 Picturesが運用する映画製作ファンド「K2P Film Fund I」に、三菱UFJ銀行が出資することが7月31日に発表された。ファンドを活用した映画製作への関心が業界内でも徐々に高まるなか、メガバンクの参画は「映画の作り方」の選択肢を増やす大きな一歩になりそうだ――。
※この記事は日刊文化通信速報【映画版】2025年8月8日付で掲載したものです。
K2P Film Fund Iは、映画プロデューサーの紀伊宗之氏が率いるK2 Picturesが2024年5月に組成した映画製作ファンドだ。100億円の資金調達を目標としており、7年間で60作品程度の製作を想定している。すでに三池崇史、岩井俊二、是枝裕和、西川美和、白石和彌、ゆりやんレトリィバァ、MAPPA(アニメーション制作スタジオ)、枝優花、広瀬奈々子と錚々たる実力派・新進気鋭のクリエイターとの企画が進行している。
同ファンドに金融機関として初めて出資するのが三菱UFJ銀行だ。映画をはじめとする“コンテンツ”とは縁遠い印象さえある銀行が映画製作ファンドに投資することになったのはなぜか。同行産業リサーチ&プロデュース部の内藤裕規部長は次の通り経緯を明かす。
「私たちの部署は、産業の調査を行い、リサーチで得られた知見をお客さまにご提供したり、業界の構造的な課題や、広く社会課題を解決するためのアイデアを一緒に考えていくことをミッションにしています。経団連の提言などもきっかけにして、コンテンツ業界について調査を始めたのは2年ほど前で、官庁や映画関係者の方々に1年ほどかけてお話を伺っていきました。その中で、映画へのファイナンスという点で、欧米型の取り組みを日本でも導入できないかと、漠然と仮説を持っていたところ、ファンドを作られている紀伊さんを昨年末にご紹介頂く機会があり、当部の担当者が伺ったのが最初です」。
紀伊氏(左)と内藤氏(右)
出資ありきではなく、まずは映画業界のニーズなどをヒアリングするためのミーティングに過ぎなかったというが、K2 Picturesの紀伊氏は「色々な金融機関の人とお話をしてきたものの、なかなか映画業界の仕組みをご理解頂けず、議論が進まないことが多かったなかで、三菱UFJ銀行の人たちが作られてきた資料には目を見張りました。すごく理解されていて、こんな人たちがいるのかと。僕はファンドを組成するにあたり、デットをつけてレバレッジをかける(融資により資金効率を向上させる)、欧米型のフィルムファイナンスの仕組みにたどり着かないと意味がないと思っていましたが、三菱UFJ銀行は僕の考えていたゴールと同じでした」と初対面の時から大きな可能性を感じたことを回想する。
このタッグ実現には、日本のコンテンツ産業の成長が背景にある。政府が2033年までに日本のコンテンツ産業の輸出額を5兆円から20兆円に増やす目標を打ち出すなど、コンテンツは日本の次なる基幹産業になり得る存在に位置づけられている。同行産業リサーチ&プロデュース部でも、コンテンツビジネスの事業力強化は重点テーマの一つに挙がっている。内藤氏は「我々の部署では2年前、何の産業を重点的に調査するのかを考える際に、いま日本の経済や社会、産業が直面している課題を踏まえ、いくつか注力領域を掲げました。例えばエネルギーの安全保障や、食・ヘルスケアなど社会的な基盤に関わる産業の強靭化です。ただ、このあたりはいずれも自給率が低く、海外から輸入しなければ成り立ちません。外貨を獲得しなければこれらの経済安全保障は担保できない。そう考えると、国際競争力があり、外貨を稼げる自動車や半導体といった基幹産業を支援すると同時に、次世代の産業という観点でコンテンツに代表される『IP/知的財産』の領域が大事であるという結論に達しました」と説明する。なかでも、映画についてはアニメ・実写ともすでに世界的な評価を得ており、この産業が拡大することが、ひいては日本の外貨獲得につながると見込んでいるという。資源の少ない日本において、ソフトパワーをもとに生み出せる点も大きなポイントだ。
業界外からの資金を呼び込むことの必要性は、紀伊氏も再三にわたり様々なメディアで発信している。「製作委員会方式は(映画産業に従事する)身内ばかりで構成されるものです。でも、それだけでは国内のデフレと同じで、『製作費を下げろ』という傾向になりがちです。今年のカンヌ国際映画祭では多くの日本映画が注目されましたが、産業が背中を押しているわけではなく、個人のクリエイティビティが海を越えたに過ぎません。やはり(業界外に広く)民主化し、今まで取引のなかった皆さんに資金を入れてもらって、拡大再生産していかなきゃいけない。産業としてもっと強靭にしていくためにも、最初の入口としてファイナンスモデルを増やす。そのためにも、このファンドへ三菱UFJ銀行に出資してもらった意義は非常に大きいです」。
とはいえ、カタチのない“アイデア”に莫大な資金を投じて生み出していく映画への出資は、担保のないリスクの大きなビジネスであり、それがこれまで金融機関との距離が遠かった原因でもある。内藤氏も「リスクも当然あると思う」とする一方で、「どれぐらいのリスクがあり、どんな形にすればリスクをミニマイズできるか。(映画)業界だけの問題ではなくて、金融機関としてその経験値に欠け、理解できていない我々自身に課題がある」とし、今回の出資は、業界への理解をより深める意図があると話す。「僕らも本当にまだまだ手探りです。日本はアメリカのように完成保証会社があるわけでもなく、補助金が充実しているのかどうかという議論もあると思います。完成保証などのマーケットが出来てくるまでは、ロケの補助金やプリセールスといったキャッシュフローが見えているものを参考として最初は検討していくのかなと思いますが、我々も一足飛びには行けないと思っているので、まずはこういう形での出資を契機に、(映画業界のことを)きちんと理解したいと思っています。もちろんK2 Picturesとの取り組みがその第1号ですが、日本の映画産業全体が成長していくために、その応援団の一員になるつもりで頑張っていこうと思います」という。
映画製作ファンドに対する考えの合致以外にも、内藤氏は「K2P Film Fund I」には大きな魅力があったと明かす。それは、多様な作品製作だ。前述の通り、すでに同ファンドには是枝監督のように世界に名だたるクリエイターから、お笑い芸人にして今回『禍禍女』で映画監督デビューを飾るゆりやんレトリィバァまで、実に多彩な顔ぶれが集結している。「ファンド方式を志向されているなかで、数十作品を作ろうとされている会社はK2 Picturesだけでしたし、紀伊さんから伺っている限りでは、特定のジャンルに偏ることなく、非常にバラエティ豊かな印象です。ベテラン、若手、女性、男性の監督もいらっしゃれば、実写もアニメもある。映画産業全体のことを学びたいと考えている我々にとっても非常に魅力的で、それも(出資する)決め手の一つでした」。
加えて、収益の一定割合を、制作に携わったクリエイターに分配するという同ファンドの志にも内藤氏は共感を示す。「映画産業に限ったことではありませんが、常に新しい担い手が集まってきて、持続的に成長していくことはどの産業でも大事なことです。そうした意味で、作り手の皆さんにとって魅力的な環境を整えようとする試みにはもちろん賛同するところです。人材の成長性が、映画産業の成長力を高めることにつながると思います」とクリエイターへの還元が業界の発展には欠かせないとの考えだ。
同ファンドは今年12月末で出資の募集期間を終了予定。2026年からはいよいよ映画の公開が始まる予定だ。国内の興行はもとより、海外での成功も重要なミッションとなる。収益の少ないライセンスビジネスから脱却し、現地での直接的なビジネスにも挑戦する方針。紀伊氏の「世界中の人に見てもらえるようなものを作り、見てもらえるようなビジネスを作っていくことがK2 Picturesの使命」という気概に対し、内藤氏も「我々は黒子として、業界の方と一緒になって支援していきます」と伴走していく姿勢を示す。
取材 平池由典