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全13話完走、TVアニメ『ウマ娘 プリティーダービー』 TOHO animation 伊藤隼之介プロ

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全13話完走、TVアニメ『ウマ娘 プリティーダービー』 TOHO animation 伊藤隼之介プロデューサーが振り返る!

2018年06月19日

ウマ娘メインビジュアル.jpg



 6月17日の放送で最終回を迎えたTVアニメーション『ウマ娘 プリティーダービー』。実在の競走馬やレース結果から着想を得た物語は、制作陣の史実への真摯な姿勢と情熱が反映され、アニメファンと競馬ファンから高い評価を得た。

 文化通信では、第4話終了後にTOHO animationの伊藤隼之介プロデューサーにインタビューを行い、作品に懸けた想いを語ってもらった。(前回の記事はコチラ

 そして全13話が終了した今回、各エピソードを振り返りながら、それぞれの物語に込めた想いや意図について、改めて伊藤プロデューサーに話を聞いた。

(ネタバレを含みます)





スペシャルウィークとサイレンススズカの物語が1番大きな「if」に


――全13話を完走した今の率直な気持ちを伺えますか。


伊藤 無事に世に送り出せて良かったというのが1番です。第12話はスペシャルウィークがジャパンカップを勝ったエピソードでしたが、それに対して多くの視聴者の皆さまが「感動した」と言ってくださいました。現実のレース結果(99年ジャパンカップ)はネットですぐに調べられるわけで、多くの方が結末をわかった上でそう感じられたのは嬉しいです。僕が99年のジャパンカップを観た時に感動した想いを、物語として視聴者の方に伝えられたんじゃないかなと思います。


――この作品の放送中に、競走馬のスペシャルウィーク号が亡くなってしまったのは何か不思議なものを感じます。


伊藤 残念でしたが、そういう時だからこそ、過去の物語をもう一度呼び起こすこの作品を世に出す意味があったと思います。


スペシャルウィーク&サイレンススズカ.png



――細かな話を伺う前に、まずアニメ全編を通してスペシャルウィークとサイレンススズカの関係性が主軸になっている点について伺えますか。前回のインタビューで、Cygamesがスペシャルウィーク、サイレンススズカ、トウカイテイオーをメインキャラに設定していたことが、TVアニメ版の主人公をスペシャルウィークにした理由の1つに挙げられていました。その中でも、実際の競馬では対戦したこともないスペシャルウィークとサイレンススズカの物語に焦点を当てたのはなぜでしょう。


伊藤 97年と98年(に3歳馬だった)という近い期間に活躍した2頭ですし、あの当時は日本競馬の転換期だったと思うんです。エルコンドルパサーが凱旋門賞に挑戦し、世界への意識が変わったはずです。毎年のように凱旋門賞に挑戦する今のルーツが出来たのもあの辺りだったと思います。また、天皇賞秋でサイレンススズカが亡くなり、ポッカリ空いた穴をスペシャルウィークたちが埋めていったという流れもありました。2頭は対戦したことはないですが、スペシャルウィークが99年の天皇賞秋を勝った時の勝利騎手インタビューで、武豊騎手が「サイレンススズカが背中を押してくれた」ということをおっしゃっていました。あの言葉は武豊騎手の個人的な想いでしょうが、ファンの気持ちを代弁してもいると思うんです。あの2頭が並んでいると、そういった競馬界の流れを思い出します。
 アニメにおける2人の出会いはフィクションですが、スペシャルウィークが骨折したサイレンススズカを助けたということも含めて、それが1番大きな「if」になっている物語を作りたいというのが製作陣の意志でした。



ダービーは同着以外の答えを見いだせなかった


――主なエピソードを掘り下げたいのですが、まずアニメ前半の山場は、日本ダービーだったと思います。現実の98年ダービーはスペシャルウィークの圧勝でしたが、アニメではここにエルコンドルパサーが参戦し、接戦の末に同着という結果でした。第4話まではほぼ史実通りに描いていましたが、第5話のここでエルコンドルの出走という大きな「if」を盛り込んできましたね。


伊藤 Cygamesの石原章弘コンテンツプロデューサーが「競馬の本質は、先の展開読めないエンターテイメントであり、『ウマ娘』もそういう物語にしたい」とおっしゃっていて、なるほどなと思いました。史実に真摯に向き合うことを大前提としていますが、全く同じドラマをやるだけでは面白くありません。そこで「if」の要素を加えました。
 98年のダービーには、武豊騎手のダービー初制覇など様々な意味があり、安易に内容を変えるのには抵抗があります。ただ、2001年の日本ダービーに外国産馬のクロフネが出走した時は、「エルコンドルパサーの時代にダービーが外国産馬に開放されていれば…」と思った人も多いはずです。見てみたかった対決であり、どうなるかわかりませんよね。
 史実を変えるためには根拠が必要です。現代のレーシングスケジュールなら、エルコンドルパサーはダービーに出走したはずですから、スペシャルウィークのデビュー戦の舞台となった阪神競馬場も、(2006年の改修後の)現代のコースで描きました。そういった要素を積み上げていき、しっかりとした根拠を作った上で、「if」を提示するのはすごくチャレンジングでした。
 同着という結果については、勝ち負けのつけられない物語ですから。議論はありましたが、同着以外の答えは見いだせなかったです。


エルコンドルパサー.png



――アニメ全編、エルコンドルパサーが強かったですね。


伊藤 NHKマイルカップ、ダービー、天皇賞秋、ジャパンカップを勝って…。かなり働かせてしまって申し訳ないです(苦笑)。余談ですが、98年のダービーで、スペシャルウィークは2着馬に5馬身差をつけました。しかしアニメでは、同着のスペシャルとエルコンドルから3着馬まで7馬身の差がありました。あれは、2頭が併せ馬になったらもっと突き放していただろうという思いを込めています。



この作品では「見たかった」ifを描く


――ダービーのあとは、この作品の最大のポイントとも言えるサイレンススズカのエピソードになりました。第6話で描かれた毎日王冠は、サイレンススズカ、エルコンドルパサー、グラスワンダーの3強が三者三様に描かれ、とても力の入ったエピソードでした。


伊藤 往々にして僕らが感情移入するスポーツのドラマは、敗者がいるからなんですよね。エルコンドルパサー、グラスワンダーという特に大きな2人の敗者を描きましたが、負けたあと「ひょっとしたらこんなことを思っていたんじゃないか」という描き方でした。98年の毎日王冠は、スズカに負けた2頭がその後大活躍したことで、スズカの強さがより浮き彫りになり、神話性を持つようになったレースだったと思います。だからこそ、アニメで熱く描くことは競馬ファンとしてやりたかったことです。


――そして、ファンの最大の関心を集めた天皇賞秋です。実際の競馬ではサイレンススズカが故障し、安楽死処分がとられた有名なレースです。しかしアニメでは、骨折したスズカをスペシャルウィークが助け、スズカが復帰に向けてリハビリに取り組んでいくというストーリーになりました。様々な選択肢がある中で、このような展開を選んだのはなぜですか。


伊藤 まず、これを描くこと自体に抵抗がありました。サイレンススズカが生きるとか死ぬとか、そういうことを自分の口で言うのもストレスがありました。
 アニメでは、何のトラブルもなく無事に走って、天皇賞秋をレコードで勝つというプロットの案もありました。ただ、怪我をしないサイレンススズカを描くのは、スズカの物語を描いていることにはならないと思ったんです。結局故障を描くことにはしましたが、助からないドラマは見たくないですよね。この作品では、見たかった「if」を描きたいので。
 でも、なぜ助かったのかは考えて提案しないと、この作品のコンセプトになりません。そこで、スペシャルとスズカが出会い、2人の関係があったからこそ、スペシャルがスズカを助けるというエピソードを描くことにしました。


――スペシャルウィークがサイレンススズカを助けるシーンは、ある史実の引用だったとか。


伊藤 米2冠馬のカリズマティックが故障したレースを引用しました。クリス・アントレー騎手が下馬し、故障した足を支え続けた結果、カリズマティックは一命をとりとめたという話です。故障した馬が助かるドラマを探していたところ、この話を思い出しました。


――98年の天皇賞秋でスズカが故障した際、TV中継で「沈黙の日曜日」という実況がありました。なぜあれをアニメでもレース中に使用しなかったのかという声もあったみたいですね。


伊藤 聞きたくないですよね。20年経って、もう1度あの言葉を電波に乗せる勇気は僕にはなかったです。


――何度か伊藤さんとメールでやりとりさせてもらった時、スズカのエピソードを制作している時は、胃が痛くなったと漏らされていました。


伊藤 やはり辛かったです。編集やダビングの時など、例えようのない感覚でした。とんでもないことをしている気がしていて、緊張するんですよ。何回もチェックしたシーンでも、TV放送で見た時は強張りましたね。


――伊藤さんのこだわりは半端ではないと思いますが、スタッフに「そんな表現無理だよ」と言われたことはないのですか。


伊藤 ほぼ無いです。及川啓監督、P.A.WORKSさんはじめ、皆さんに根気強く付き合ってもらい、本当に感謝しています。制作スタッフが真摯に向き合ってくれたからこそ、今の形になりました。
 こうやって僕がインタビューで色々話していますが、スタッフが出してくれたアイデアで出来たディテールもたくさんあるんですよ。オープニング映像だって、特に僕がディレクションしたものではありません。第12話で、マルゼンスキーがスペシャルウィークやエルコンドルパサーらに「いいわね、同期って」と言う台詞がありますが、あれは石原さんが出してくれたものです。マルゼンスキーが(当時持ち込み馬のため)ダービーに出走できなかったという悔しさがあったんじゃないか?という発想から来ています。
 脚本も、通常のアニメでは1人に脚本を一任しますが、今回は杉浦理史さんが経営する株式会社PTAで、杉浦さん、米内山陽子さん、池田亮さんのチームで手掛けてもらいました。各話の脚本を分担して作ることはよくありますが、今回のようにみんなで意見を出し合って作り、例えば池田さんの脚本の回に米内山さんのアイデアが入ったりだとか、各話をまたいでエピソードを考えることはあまり例がないと思います。シリーズ構成の石原さんもおり、すごく客観性があって良い脚本になったと思います。今までもTVシリーズを製作してきて、ずっと必要なことだと思っていたので、今回それを試すことができました。
 みんなが納得できる作品を作るのは難しいですが、競馬をモチーフにしている以上、今回はそれをやらなくてはいけません。(サイレンススズカの故障を描く)第7話のように、議論になりやすいエピソードも良い形で送り出せたのは、このシステムの助けがあったからだと思います。


サイレンススズカ.png



――怪我をしたサイレンススズカは、アニメでは第11話で1年ぶりにオープン特別で復帰し、最後方からの追い込みで感動の復活劇を演じました。あのレースのモデルはキャピタルステークスですよね。なぜこのレースを選んだのですか。


伊藤 まず、復帰レースは東京競馬場であってほしかったです。ただ、あの大怪我をしている以上、毎日王冠での復帰は早すぎます。天皇賞秋では、スペシャルウィークが勝つドラマを邪魔してしまいますし、天皇賞を勝つにしても出来すぎですよね。そこで、ジャパンカップの前日に行われる東京のオープン特別を選びました。余談ですが、斤量を見ても、意外と現実的な重さで出られるんですよ。もし実際にサイレンススズカが故障の1年後に今の斤量の条件で出ていたら、58kgで出走できるはずです。


――大逃げから一転し、追い込みで勝たせるのは意外でした。


伊藤 色々な議論になりましたが、逃げて差すと言われたスズカですから、そんな展開があっても良いのではという製作陣のアイデアですね。


――アナウンサーのキャラクターが、スズカの復活に大泣きしながらも実況を続けているシーンは印象的でした。


伊藤 あれは、声優の明坂聡美さんに何度も録り直しをさせてもらいました。その時の状況を想像してもらい、平静を装った感じにしてほしいと言いました。実況は中立でなければいけませんが、でも最後は感極まってしまうというのが感動的な実況のテンプレートの1つですから。
 あの時、隣に座っている細江純子さんの「精神面の強さに感動しました」というコメントは、細江さんご本人が考えた台詞です。「この時だったら細江さんはどう言いますか?」と聞いたところ、あの言葉を選ばれました。細江さんは3回に分けて収録させてもらいましたが、毎回準備をされていて、回を追うごとに上達されていました。


――SNSでも、あの回は感動したという声が多いですね。


伊藤 例えフィクションでも、これが誰かの心に響くなら、良い仕事だったと思います。


伊藤氏.jpg
伊藤プロデューサー



「日本一のウマ娘」は三宅アナの実況から着想


――サイレンススズカの話ばかりになりましたが、主人公スペシャルウィークの話に戻します。第8話は、史実の部分をかなり大胆にカットされていましたね。98年11月~99年6月ぐらいまでの競馬の結果は全て飛ばしていますよね。


伊藤 いくつか理由がありますが、ドラマの山を作り過ぎるとさすがに忙しくなりすぎるという事情もありました。でも、本当は描きたかったですよ。例えば、99年の天皇賞春(5月)は、個人的にはスペシャルウィークのベストレースだと思っているぐらいです。98年のセイウンスカイが勝った菊花賞(11月)だって、もうその前の京都大賞典から描きたいぐらいです。サイレンススズカの毎日王冠とセットで最高の日だったんですから。
 こういったアニメ本編では描けなかったエピソードは今後何かしらの企画で補完するドラマを作りたいです。


――飛ばされた期間には、グラスワンダーが勝った有馬記念(98年12月)もありました。


伊藤 そこが抜けたのは悲しかったです。あの時のグラスワンダーは凄かったですから。描けなかった無念を晴らすためにも、第8話でスペシャルウィークと対決した宝塚記念は、グラスを飛びきり強く描くことになりました。


――アニメでは、スペシャルウィークは宝塚記念でグラスに負けて挫折したあと、天皇賞秋で復活勝利し、第12話のジャパンカップで最大のライバルであるブロワイエと対決するという展開でした。一応確認ですが、ブロワイエのモデルはモンジューですよね。


伊藤 それはご想像にお任せします(笑)


ブロワイエ.png



――実際の競馬のスペシャルウィークは、99年の有馬記念でグラスワンダーと死闘を演じて(2着)引退でした。しかし、その前のレースであるジャパンカップをハイライトにしたのはなぜですか。


伊藤 99年の有馬記念は、スペシャルウィークの引退レースと決まっていたからこそ、あのドラマがあるんです。グラスワンダーとの対決はこれが最後になるという状況の中で雌雄を決したわけです。でも、アニメはそのあとも続きますから、「スペシャルウィークが引退」という要素が無い状況で、あれをうまく描くアイデアは思い浮かばなかったですね。一応、第13話の冒頭に短く有馬記念も描きましたが、2人の対決は、ウィンタードリームトロフィーに集約させました。


――スペシャルウィーク単独のエピソードとしてはクライマックスとなるジャパンカップは、どのように描こうと考えましたか。


伊藤 そこに至るまでの後半の流れは、あまり史実と変えないように心掛けました。エルコンドルパサーを凱旋門賞で負かしたヨーロッパ最強馬が日本に来てスペシャルウィークと対決し、スペシャルが勝つ。すでに完璧な物語であって、そこに何か付け加える必要はないです。
 アニメでスペシャルウィークがジャパンカップを勝ったあと、このあとの目標について、「これからも応援してくれるみんなの夢を背負えるような、そして私を応援してくれる人に夢を見せられるようなウマ娘になることです」という台詞を言っています。スペシャルウィークって本当にそういう「期待に応える馬」だったと思うんです。武豊騎手の期待に応えてダービーを勝ち、火事で焼けた日高大洋牧場に希望をもたらし、日本中がスペシャルを応援したジャパンカップで役目を果たし、グラスワンダーとの一騎打ちが見たいというファンの想いに有馬記念で応えました。それを帰結点にできたのは良かったです。
 99年ジャパンカップの中継の時、実況していたフジテレビの三宅(正治)アナウンサーが、スペシャルウィークのことを「日本の総大将」と表現していましたよね。アニメの第1話からスペシャルウィークが「日本一のウマ娘になる」と言っていたのは、あの三宅アナの実況から着想を得て考えた台詞です。


スペシャルウィーク.png




競馬関係者からも好意的な感想


――最終回で、錚々たるメンバーが出走した「ウィンタードリームトロフィー」は実際の競馬にはないレースですが、JRAが以前放送したCM「夢の第11レース」がモデルでしょうか。


伊藤 そうです。アニメは時間制限のない物語ですから、これをやらない選択肢はなかったです。


――レース結果は色々な解釈ができるような結果でした。


伊藤 それはファン1人1人が補完できることですから。トレーナーの「レースを見たくない」という台詞は、敗者を作ってしまうことの後ろめたさを表現させていて、あれは結果を決めたくないという僕ら競馬ファンの気持ちも込めています。


――枠順はどう決めたのですか。


伊藤 その馬の勝った代表的なレースの馬番をパズルのように組み合わせました。唯一、ビワハヤヒデがうまく当てはまらず、兄弟(劇中では姉妹)のナリタブライアンの隣にしました。けっこう骨の折れる作業でした。


――今回のアニメは、競馬関係者からの反響はありましたか。


伊藤 やる前はどう受け入れられるか、失礼じゃないか気にしていましたが、競馬関係者の皆さまほど好意的な感想を頂きました。武豊騎手の親戚のお子さんもご覧になっているようですし、ゴールドシップの今浪(隆利)厩務員にも楽しんでもらえているようです。


――うちの馬も出してよという声は。


伊藤 ありました。嬉しいですよね。競馬に何かをお返しできるようにと思って作ったものが、そういう形で受け入れられて、競馬関係者に皆さまに「観たよ」と言ってもらえるのは冥利に尽きます。


――最後に、TVアニメのシーズン2はあるのでしょうか。


伊藤 好評頂けたなら、また新シリーズをやりたいという気持ちは僕らにはあります。このあともゲームのリリースが控えており、ほかにも色々な展開があります。競馬の物語は毎年無限にあり、本当は全馬主人公にしたいくらいの気持ちです。
 競馬の馬には1頭1頭に終わりがあり、そういう意味では、終わりのない『ウマ娘』は競馬を描いているわけではないと思います。ただ、アニメでは1頭1頭の馬の物語を描くことにはなっていて、それは成功しているといいなと思います。この作品をきっかけに、競馬を見て、競馬に親しみを持ってくれる人が増えればいいと思っています。





(C) 2018 アニメ「ウマ娘 プリティーダービー」製作委員会




取材・文・構成 平池 由典


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