パキスタンのアニメ映画『The Glassworker(英題)』公開へ、Elles Films粉川氏に聞く
2025年10月17日
Elle Films (エルフィルムズ)が、パキスタン初の手描き長編アニメーション映画『The Glassworker(英題)』の日本公開を決めた。日本語吹替版の制作と、全国規模での2026年公開を目指し、8月からクラウドファンディングを開始している。
※この記事は日刊文化通信速報【映画版】2025年9月5日付で掲載したものです。
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同作は、手描きアニメの制作スタジオが存在しなかったパキスタンで、若きウスマン・リアス監督が10年がかりで作り上げた渾身の作。戦火にゆれる若いふたりの恋のゆくえや、親子の葛藤が描かれる。昨年のアヌシー国際アニメーション映画祭でワールドプレミア上映され、アカデミー賞のパキスタン代表にも選出された。
Elle Films 代表の粉川なつみ氏によると、同作に着目したのは2024年春頃のこと。SNSで作品の存在を知ったという。「日本で作ったわけではないのに、日本のアニメのような作画ができることに驚いて注目しました。そこで監督について調べると、スタジオジブリの作品に影響を受けてアニメの制作を始め、10年もかけてこの作品に取り組まれてきたことを知りました。1本の映画に10年を注ぎ込むなんて、私にはとてもできないことで、心の底からリスペクトします。しかも完成させ、商業映画として成立させている。ぜひこの作品を日本で配給したいと考えました」。
10年という月日を懸けた点だけでも十分に驚きだが、ウスマン・リアス監督の並々ならぬ情熱のエピソードはそれだけにとどまらない。エンターテインメントへの関心が高いリアス監督は、もともとはプロのギタリストという異色の経歴を持つ。しかし、幼少期から音楽とともに、絵を描くことが好きだったこともあり、一念発起してアニメーション制作に舵を切る。パキスタンに手描きアニメの制作スタジオは存在しないが、2015年に監督自ら同国初のアニメ制作スタジオ「マノ・アニメーション・スタジオ」を設立し、同作の制作に臨むこととなった。
スタジオを設け、機材を揃えたとしても、人材を確保しなければ長編アニメーション映画の制作はままらない。手描きアニメを作る習慣のないパキスタンで優秀な人材を募るのは容易ではなく、監督は自身のアニメーターとしての腕を磨きながら、募集で採用した素人のスタッフの育成にも力を注ぐことで、パキスタン初のアニメ制作スタジオを形作っていった。
2016年には、制作に向けたクラウドファンディングを実施し1万6000ドル以上を調達。しかし、制作期間が10年にわたる同作の製作費は、物価が割安なパキスタンといえど270万ドル(約4億円)がかかっている。自己資金を投入しつつ、スタジオのビジネス面を担当しているという監督の親族も資金調達に奔走し、10年がかりの壮大なプロジェクトを実現させた。
ジブリに憧れてアニメ制作を志した監督は、過去に来日した際も知人を通じてジブリを実際に見学。スタッフからアドバイスも受けたといい、その教えを忠実に守って作品作りに臨んだという。粉川氏は「監督は本当に真面目な人。だからこそ、パキスタンで誰もやったことがないアニメ制作に突き進み、仲間もお金も集めることができたんだと思います。日本での公開を実現したいという想いも強く、監督自ら東京国際映画祭やひろしまアニメーションシーズンにも応募されていました」と監督の日本への強い思いを代弁する。
粉川なつみ氏
一方、配給を手掛ける粉川氏と言えば、2023年にウクライナのアニメーション映画『ストールンプリンセス:キーウの王女とルスラン』を日本公開したことで知られる。所属していた会社を辞め、全財産を投げ打って作品を買い付けたというエピソードが話題となり、クラウドファンディングなどを通じて多くのファンを生み出し映画をヒットに導いた。「『ストールンプリンセス』は先日も下高井戸シネマで上映されましたが、お客さんの一人が(日本語吹替版声優を務めた)INIの髙塚大夢さんのファンの方で、この作品をきっかけに映画に興味を持ち、1か月に一本映画を見に行くようになったとおっしゃっていました。少しでも映画業界に貢献でき、公開して本当に良かったなと思いました」と充実感を滲ませる。今作『The Glassworker(英題)』では、パキスタンの新鋭と日本の映画やアニメファンを結び付け、再び業界を盛り上げたい考えだ。
戦争の惨さを題材とする同作は、「エンタメ性を兼ね備えつつ、鑑賞したあとに社会問題に関心を持ったり、議論を呼ぶ作品を公開していきたいと思っています」と話す粉川氏が積極的に手掛けたいジャンルの一つでもある。「『ストールンプリンセス』は、内容はファンタジーのラブストーリーでしたが、ウクライナで制作されたアニメーションということで、映画を通して戦争や国際問題を調べたという方がいらっしゃいました。『The Glassworker(英題)』は作品そのものが戦争を題材としており、作品の魅力とともに社会的意義も伝えていきたいと思います」という。上映収益の一部は国境なき医師団への寄付を予定している。
なお、Elle Films ではその他にも配給作品が待機中。ハン・ソヒがクィア・ロマンスに挑んだ韓国映画『12月の君へ』を今年冬公開。また、LGBTQ+が弾圧されるロシアで生まれたクィア・アーティストのジェナ・マービンに迫るドキュメンタリー映画『QUEENDOM(原題)』の公開も予定している。
(取材 平池由典)