AI時代のアニメ制作会社、株式会社Creator's X(以下、クリエイターズX)が、TVアニメ「ピアノの森」、「ババンババンバンバンパイア」、「グレンダイザーU」で知られるアニメーション制作会社「BENTEN Films」(旧ガイナ)を完全子会社化し、本格的にアニメ制作に臨める体制を構築した。まずは働く環境を改善しながら、今後、AI技術を導入していく予定だ。
映像制作におけるAI活用は依然として物議を醸す要因になっているが、2024年2月設立のクリエイターズXは、補助的にAIを活用することでクリエイターの労働環境整備、待遇改善、そして真にクリエイティブの力を発揮すべきシーンに集中できる体制を整えようとしている。
そんな同社が最初にAI活用に着手したのが「背景美術」への導入だ。近年、背景美術の担い手は高齢化が進み、新たに業界入りするクリエイターの数も限られている。年間300本とも言われるアニメ制作の現場において、美術監督の人数不足が深刻化していることから、AIによるサポートの需要の高さを見込んだ同社は、「ガールズ&パンツァー」などで知られる大石樹氏を会社に招き入れ、社内に背景美術のスタジオ「スタジオSAIGA」を昨年立ち上げた。
スタジオSAIGAでは、フォトショップのプラグインとしてAI機能を追加。複雑なプロンプト(指示)を入力しなくても、クリエイターが容易に活用できるシステムを整えた。一例として、クリエイターが簡易的に道路や山並みなどの構図を描き、その構図通りにAIが背景を生成。あとは細かな修正を人間の手で行うことで完成させる。あるいは、写真の風景をもとにAIを活用してアニメ調に変換することや、外注先に頼んだ背景美術の品質をAIで整えるといった活用法もあり、その使い方をいまも研究、増やし続けている段階だ。同社共同代表取締役の藤原俊輔氏は、「スタジオSAIGAの美術監督は『もうこれは手放せない』と話しています。このスタジオは現在7人が在籍していますが、そのうち4人は(アニメ業界は)完全な未経験者を採用しました。外部から見学にいらっしゃった方が、弊社の新人スタッフがAIを活用してスムーズに背景を制作する様子をご覧になって驚いています」と導入による反響を明かす。
藤原俊輔氏
一方で、例えAIを活用しても、ベテランスタッフと新人の作業による仕上がりにはまだ大きな差がある。そこで、社内では定期的に講習会を開き、ベテランによる後進育成の場も設けているという。多忙な制作現場にあってこういった講習会の時間を確保できる点も、AI活用による環境整備の効果の一つと言える。藤原氏によると、作業時間は平均して従来の3倍ほどスピードアップ。通常は3日かかるものが3時間で制作できた例もあるという。スタジオSAIGAのスタッフは20~21時頃には退勤しており、健全な制作環境が保たれているようだ。待遇面に関しても、業界水準以上の固定給に加え、インセンティブ制度を導入。一定数を超えるカットを描いた場合に、枚数に応じて賞与に反映する取り組みも開始している。
仕事の受注も順調に推移しており、今後劇場公開予定の作品も含めて、8案件(背景美術)を請け負うことが決まっている(2025年12月時点)。顧客からの評判も良く、「デモをお見せしてよく言われるのは、通常のテレビシリーズだと(時間や予算の関係で)諦めるしかない難しいカットも、SAIGAならやってくれるんだ、といった話です」と、藤原氏は情報量の多いカットにも対応できる優位性に触れる。
こういった生産性向上が図られるなか、業界全体ではAIに関する見方に変化はあるのか。藤原氏は調査会社によるアンケート調査の結果などを受け、次の通り手応えを明かす。「我々が把握できていなかっただけだと思うのですが、意外に(声には出さないもののAIに前向きな)隠れ賛成派が多いということを強く感じています。我々の社名が少しずつ世に出てきて、ホームページ経由でプロデューサーや美術監督の方が応募してきてくれるようになったことも最近変化を感じているところです。応募者の方に話を聞くと、最初こそ(クリエイターズXに)脅威を感じていたけれど、やはりこの船に乗った方がいいと思ったそうなんです。背景美術の現場は非常に多忙で、AIの活用は『絶対に必要だと思っていた』と。ホームページや記事を見て、アニメーター目線の会社であることに共感して、ウチしかいないと思って門を叩いてくださる方がおり、業界の中にも問題意識を持ち、AIを使った方がいいと強く思っている方が想像以上に多くいらっしゃると感じています」。
19億円の資金調達、AI開発やアニメーター採用に
クリエイターズXは、名古屋に拠点を構えるAIアニメ制作のパイオニア的な存在である「株式会社K&Kデザイン」も傘下に持つ。こちらでもAIを活用したアニメ制作に向けて、体制の整備やAIの開発を進めている。
こういったAI活用の取り組みを先行させるなかで、いよいよ元請けも可能なアニメ制作グループとして本格稼働するべく、2025年5月に木下グループから全株式を取得し完全子会社化したのが、著名なアニメ制作スタジオのガイナだ。同社は同年8月に社名を「BENTEN Films」に変更し、クリエイターズXの新体制が始まった。
M&Aを決断するまでの3か月間、ガイナの浅尾芳宣社長と毎週じっくりと話し合いの場を設けていたという藤原氏は「M&Aをしても結局(ガイナの制作現場に)AIを導入できなければ利益率は上がりませんし、赤字になる可能性もある。浅尾さんたちの意思を確認するためにすごく重要な期間でした」と振り返る。アニメの制作現場では現在も紙で描いているアニメーターも多いが、同スタジオは若手アニメーターが多く、液晶ペンタブレットでの制作が進んでいたため、藤原氏はAIとの親和性が高いと判断。一方の浅尾氏も、クリエイターズXと出会う前から海外のAIのパートナーとの協業を模索していた経緯もあり、「一緒にやれると思いました」(藤原氏)とグループに迎え入れた経緯を明かす。
この新体制により、グループの経営・管理を行うメンバーが5人、テックを担うチームが7人、背景美術のスタジオ「SAIGA」のスタッフが7人、名古屋のスタジオ「K&Kデザイン」が6人、そして「BENTEN Films」が52人の、計80人に迫るグループを形成(2025年年12月時点)。吉祥寺にスタジオを持つBENTEN Filmsと密に連携するため、品川にあったクリエイターズXのオフィスも2025年8月に吉祥寺に移転した。BENTEN FilmsはM&A前から制作を請け負っているタイトルがあるため、即座にAIの本格導入とは行かないものの、藤原氏は2028年後半以降にグループの総力を結集した作品制作を行うべく企画を進めていると説明する。なお、グループの年間売上は現在8~9億円規模にのぼるという。
着々と進める体制構築と並行して、同社は先ごろ、総額19億円の資金調達も発表した。グローバル・ブレイン、博報堂DYベンチャーズから第三者割当増資で、みずほ銀行、三菱UFJ銀行、りそな銀行、商工中金からは借入を実施。調達した資金はBENTEN FilmsのM&A費用のほか、特にAI開発とアニメーターの採用に充当していく考えだという。
制作の整備だけでなく、今後は作品への出資も視野に入れる。BENTEN Filmsが元請けを担うタイトルの製作委員会に参画するチャンスが出てきたと話す藤原氏は「その中でグッズの制作やイベント開催の運営なども今準備を進めています。スタジオが不足しているなかで、やはり(自社にスタジオがあると)良いタイトルに関わるチャンスが増えることを実感しており、いまは製作出資とライセンスビジネスの両方をやろうと進めています」と、アニメビジネスの本丸に着手したことも明かす。
会社設立から2年足らずで急速に成長を遂げているクリエイターズX。藤原氏も「起業した時には、一年後は多くても(社員数は)15人ぐらいかなと思っていたので、正直なところ想像のはるか上のスピードだと思っています」と良い意味で想定外の展開に目を丸くする。この勢いに乗り、制作ラインを増強し、携わる作品数を増やしていくことを次なる挑戦に位置づけているという。
(取材 平池由典)