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ポニーキャニオン「今年は攻めに転じる年」/マーケティングクリエイティブ本部・今井一成本部長に聞く

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ポニーキャニオン「今年は攻めに転じる年」/マーケティングクリエイティブ本部・今井一成本部長に聞く

2022年03月01日
 ポニーキャニオンは昨年の組織改編で、デジタル戦略を強化すべく「マーケティングクリエイティブ本部」を新設。2020年から同社のデジタル戦略アドバイザーを務めていた今井一成氏を、執行役員 兼 同部本部長として迎え入れ、さまざまな構造改革を行ってきた。約2年間にわたり同社のデジタルインフラを整備し、「今年は攻めに転じる年」と語る今井氏。これまでの取り組みや22年の展望について話を聞いた――。

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ポニーキャニオン 執行役員 マーケティングクリエイティブ本部本部長 今井一成氏


印象的だった松原みきのヒット

 昨年6月に組織改編を行ったポニーキャニオン。柱の一つとなったのが「マーケティングクリエイティブ本部」の新設だ。同部署は、それまで別の部署に置かれていた宣伝チームとデジタル営業チームを中心にまとめられた部署で、トップには当時、同社のデジタル戦略アドバイザーを務めていた今井氏が就任。氏の提言のもと、作品データ管理の整備やストリーミングデータの有効活用、Slack、LINE WORKSを駆使した部署内での情報共有の活性化など、デジタル時代に適したマーケティング手法の確立に努めてきた。

 この2年間で、最も印象的だった同社のデジタル領域の出来事といえば、20年10月に世界中でブームを巻き起こした松原みき「真夜中のドア~stay with me」(79年)のヒットだろう。40年以上前の楽曲ながら、海外のインフルエンサーが同曲を使用した動画をアップしたことから注目度が急上昇。すぐさまTikTokで楽曲の公式音源を用意したところ、さらなるバズを呼び起こし、同年12月のSpotifyグローバルバイラルチャートで18日連続1位を獲得。今年1月にはストリーミング累計1億回再生を突破するなど世界的トレンドとなった。

 それまで眠っていた楽曲が、ちょっとしたきっかけを与えることで1億回再生――。あくまで一例だが、こうした成功体験の背景にはストリーミング時代における音楽業界の産業構造の変化と、それを冷静に見極める今井氏の確かな分析力があった。

 「ポニーキャニオンに来た時に、一番課題に感じたのが未配信カタログの問題です。乱暴な言い方をすると、ストリーミングはフィジカルとは違い、在庫を抱える心配がないので、とにかく配信さえしておけばハネる可能性があります。80年代前後の楽曲でも(その曲を知らない)今の若者達からみたら新曲。ところが受け取ったカタログリストを確認してみると、所有しているにも関わらず世に出せていない楽曲が数万曲もありました」。

 どこからヒットが生まれるかわからない今の時代において、カタログはレコード会社にとって最大の財産となる。そう考える今井氏は、アドバイザー就任と同時に、これまで未配信となっていた楽曲のリリースに注力し、未配信の原因と課題を解決しながら曲数の充実を図った。

 20年10月にはカタログ活性化プロジェクトの一環として「おとラボ」をスタート。同社が所有するカタログの中から、70~90年代のヒット曲を中心とした厳選プレイリストを月に2回公開していくシリーズ企画で、今井氏と親交のあった音楽マーケッター・臼井孝氏がキュレーターを担当。過去曲に光を当てる取り組みを継続的に行ってきた。

徹底したデータ戦略

 これと並行して力を注いできたのが、Spotifyなど各DSPのストリーミングデータを一括で管理する独自ツールの導入だ。それまでは各プラットフォーム(PF)から提供されたデータ分析ツールで得た情報を一つ一つ確認し、それぞれ特性の異なるデータを収集・分析するという、手間のかかる作業が必要だったが、この独自のデータ分析ツール導入により、すべてのPFから吸い上げた性別や年齢、国内外の再生データを1つの画面で確認できるようになった。
 こちらは昨年10月に完成し、全社的に導入。ユーザーの反応を数字として把握することで、効率的なプロモーションができるようになり、社員のストリーミングマーケットにおける数字的な意識も急激に高まっているという。

 「たとえば楽曲1つをとっても、データの動きをチェックしながら途中で宣伝のアプローチを変えたり、もしくは次の作品で修正することができる。そこにヒットに繋がる答えがあるわけじゃないですけど、自分たちが『どう考えていくか』というデータに基づくきっかけ作りになっています」。

 実は前述の松原みき「真夜中のドア~stay with me」のヒットも、こうしたカタログおよびデータ戦略に裏付けされたものだった。もともと同曲は「おとラボ」の中の1曲として公開。アンテナを張っていた社員がツールを駆使して調べてみたところ、海外人気に火が付いていることに気付き、再生数の割合も若年層が大半を占めていることが判明した。

 「だから松原みきの場合はTikTokの存在が特に大きかったんです。昔は雰囲気でヒットの予感を感じていましたが、今は根拠に基づいてアクションを起こせる。カタログ戦略は非常に重要視していて、今年は専門のチームを設けたり、新譜とは別に力を入れていきたいと思っています」。

デジタル時代の人材育成

 今井氏は86年に日本ビクターに入社。サザンオールスターズのチーフプロモーターとして活躍し、デジタル部門の統括を経て、20年にポニーキャニオンへと移籍した。音楽業界に飛び込んで約35年、その間に音楽の聴かれ方もフィジカルから配信へと時代とともに変化しているが、今井氏はこの変化を単なる現象ではなく“音楽業界全体のゲームチェンジ”と捉える。

 「これまでの音楽業界はレコード、CDの時代が長く続いてエコシステムが完成していたんですよね。ところがデジタル主流の時代になって、マーケットの世界がガラッと変わってしまった。レコード会社もこれまでのプロモーション方法を根本的に変えて、もう一度リスキリング(=学び直す)する必要性が出てきたと思います」。

 こうした考えのもと、今最も力を入れているのがデジタル時代における人材育成だ。

 現在、同社では毎週火曜日の朝9時から「MusicBiz朝活50」と題した約50分間のオンライン勉強会を行っている。スタッフの意識改革とデジタルスキル向上を目的としたもので、昨年9月に本格的にスタート。各DSPの特性はもちろん、著作権問題からデジタルマーケット全般まで、扱うテーマもさまざまで、毎週全社員の半数を超える200人以上の社員が出席し、手応えも十分だという。

 「人材の確保、という点でいうと、ともすれば『外から優秀な人を獲ればいい』っていう話になりがちなんですけど、やっぱりリスキリングして、社内で育成することが第一です。今は毎週200人以上の社員が勉強会に参加していて、質問もたくさん貰いますし、ビジネスチャンスのきっかけをみんなで知り、共有するという土壌が出来上がりつつあります」。

 昨年12月からはスキルアップの支援策として「デジタルサービス利用手当」の支給も開始した。申請があった社員に、デジタルサービス利用にかかる費用として毎月3000円を支給するという施策で、同時期に立ち上がったデジタル戦略プロジェクトチームが中心になり、若手社員の“教材費”として発案・採用されたものだ。

 「ポニーキャニオンは社員のアイデアに対して対応が早い会社で、僕はそこがこの会社の強みだと思っています。最初はデジタル戦略のノウハウをアドバイスするところから始まったんですが、この2年間でインフラを整備して、スタッフのデジタルスキルを高めるということを着実にやってきた。年も明け、『今年は攻めに転じる』という気持ちで、まさに今がそのスタート地点だと思っています」。

確かな実績作りへ

 一連の改革の中でベースとなっているのが、ポニーキャニオンが掲げる“共創”という理念だ。新設された「マーケティングクリエイティブ本部」では宣伝チームとデジタル営業チームの共創、勉強会では部署間の垣根を越えた全社員の共創。最後にもう一つ、今井氏が同社ならではストロングポイントとしてアピールするのがアニメ部署との共創だ。

 たとえば有望なアーティストが見つかった場合、アニメ部署との情報交換を密にしておくことで、タイアップやスムーズな楽曲配信に結び付き、社内連携で新たなビジネスチャンスを生むことができる。直近では「『進撃の巨人』The Final Season Part2」のオープニングテーマに抜擢されたSiMの新曲「The Rumbling」が1月10日の配信リリースからわずか1週間で1000万再生を記録。ヒグチアイが歌うエンディングテーマ「悪魔の子」も世界各地のJ‐POPチャートで1位を獲得するなど注目を集めている。いずれもアニメの放送日初日に音源が聴けるよう準備をしていたことが奏功したもので、今井氏も「社内で“共創”というテーマがだいぶ浸透してきていると思います」と胸を張る。

 また同社では新世代アーティストの確保にも力を入れており、今年は制作部門が、抱えるアーティスト数をさらに増やしていく方針だという。1月には昨年から展開している業界向けの新人コンベンション「MUSIC POST 2022」も実施し、「今年はヒット曲やヒットアーティストをたくさん出せる予感がしています」。22年のポニーキャニオンの躍進に期待が高まる。


取材・文 白井良資

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