「第45回藤本真澄賞」(主催:一般社団法人 映画演劇文化協会)の授賞式が4月13日、パレスホテル東京で開催された。全国の劇場で公開された映画の中から選考の上で、特に観客の多大な支持を受け、優れたエンターテインメント性を持った作品の製作者を中心に表彰するもの。今回の選考対象期間は2025年1月1日~12月31日)。選考委員は矢部勝(委員長)、襟川クロ、樋口尚文、品田英雄、金澤誠、市川南の各氏が務めた。
藤本真澄賞は『国宝』の村田千恵子、松橋真三、特別賞は『フロントライン』の増本淳、奨励賞は『ファーストキス 1ST KISS』の山田兼司、伊藤太一、『爆弾』の岡田翔太、唯野友歩の各氏が受賞した。選考委員の金澤誠氏は総評の中で「今年は『国宝』で藤本賞の正賞は満場一致だった」と明かした。受賞者のコメントは次の通り。(上写真は、後列左より唯野、岡田、山田、伊藤の各氏。前列左より増本、村田、松橋の各氏)
■藤本真澄賞『国宝』
村田千恵子氏(ミリアンゴンスタジオ)の話
去年、藤本賞の授賞式を見に来た頃は、カンヌ映画祭に決まるか決まらないか、すごくビクビクして、毎日フランス時間で生きてしんどかった(笑)。この作品は吉田修一さんが書かれた本当に面白い原作を李(相日)監督が映像化するということで参加させて頂いた。最初に、李監督と一緒に韓国のカメラマンにお話しに行った時に、そのカメラマンから「村田さんと李さんはお友達だけども、一緒に(制作)すると、この監督は大変だから友達じゃなくなるかもよ」と言われたことがあった。その時は何も考えていなかったが「この素晴らしい原作を映像化できるんだったら、友達でなくなってもいいかもね」と返事をした。本当にそれだけ素晴らしい原作を預からせて頂き感謝している。商業的な成功と、カンヌ映画祭に選んでいただくこと、この2つを目標に最初から作ってきたが、商業的な成功で、松橋さんの助けがないととてもできなかった。松橋さんと奥寺佐渡子さんの二人で初稿を作って頂いたが、最初のしっかりとした構成がなければ、この成功はなかったので、そのお二人にも感謝を述べたい、そして何より、会社、サポートしてくれた上司やスタッフのみんなにお礼を述べたいと思う。
松橋真三氏(クレデウス)の話
この企画をやりたいというお話を村田さんからご相談頂き、相当な覚悟がないとできないなと思った。今でこそこんなに当たり、こんなにも評価されているが、準備をしている頃には陰口で「そんな危険な企画をよくやるね」というようなことをよく言われたもの。それでも村田さんと監督の熱意を信じて、私ができることを何でもやろうと思って頑張った。当然ながらすごい予算になったが、村田さんが中心となって支えてくださり、初めてこのような作品ができた。私は常々、良いストーリーに、クオリティをしっかりと担保できるような予算をかけて作れば、日本映画はまだまだ世界に通用する、そんな思いをずっと持って作っている。例に違わず、この作品も相当な覚悟で臨まなければならなかったが、こうして結果が出たことで、これからの日本映画の作り方の指針の一つが新しくできたのではないかと思う。
■藤本真澄賞・特別賞『フロントライン』
増本淳氏(M.J.EYES)の話
先日、選考員の市川(南)さんから、オリジナルの映画で、脚本までプロデューサーが書いて、この藤本賞(受賞)は初めてじゃないかと言って頂いた。だとしたらとても光栄なこと。僕はフジテレビを辞めて7年になるが、オリジナル(の映画)で、プロデューサーが自分のやりたい思いを脚本に書き、なおかつ超社会派。そんなものが企画としてなかなか通らない世の中になりつつあることを、日々痛感しながら色々なプラットフォームや映画会社に企画プレゼンをしている。過去にそういう人がいなかったのは、たぶん(企画を)通してもらえなかったのだろうと常々思う。相当難しいことを、会社を出て一人でやってみて余計に感じている。その中で、「やっていいよ」と言ってくれた当時ワーナーで企画を決める人たちに本当に感謝している。こういった企画がもう少し通るようになって、エンタメ作品もあるし、一方で超硬派な社会派もあるし、子供向けも家族向けもいろんなものがあるバリエーション豊かな映画界になるきっかけにちょっとだけ協力できたら、自分がやった意味があったのかなと思う。
■藤本真澄賞・奨励賞『ファーストキス 1ST KISS』
山田兼司氏(Tyken Inc.※製作当時は東宝在籍)の話
二年前に『ゴジラ-1.0』で藤本賞を頂き、まさかまたこういう形で頂けるとは夢にも思わず、本当に感無量。本作はオリジナルで、何も無いところから作った。脚本家の坂元裕二さんと『怪物』を一緒にゼロから作らせて頂き、一緒に世界のキャンペーンを回っている時、「次はどんな映画を作りましょうか」という話になり、二人でまたゼロから考えて作り上げた。僕が坂元さんにお伝えしたのは「一生の記憶に残る映画を一緒に作りたい」ということ。僕らが生業にしている「映画」というものは、二時間の芸術であり、エンターテインメントだが、人生を変えるような力があるし、人生をすごく幸せに彩ることもできる、すごいパワーを持った芸術、アートだと思う。そういう作品を作りたいと、青臭いけれども率直に坂元さんにお伝えして作った。そうすると、坂元さんが何かの発表の時に、そういう思いで作ったと言ってくださり、一緒にその思いで作れたんだなと思った。とても嬉しかったのは、初週の興行収入よりも二週目、さらに三週目も上がるという、プロデューサー人生で一度は経験してみたいと思うことが経験できたこと。見た人たちが口コミで「あの作品が良かったからもっと見よう」「見た方がいい」と言ってくれたことが、こんなにもダイレクトに結果を残すことになるんだなという、映画という芸術の可能性を感じた。物語を作る時に大事にしていることは、自分の身の回りの半径5メートル以内の物語を深掘りすること。そうすると、気づくと普遍性という深い井戸水、井戸の底にぶち当たり、それが世界のお客様につながる。そんな思いを、この作品を通じてまた体感することができた。
伊藤太一氏(AOI Pro.)の話
プロデューサーという仕事はとても地味で、どの部署よりも裏方であるということをモットーに今まで動いてきた人間なので、突然大きな賞を頂き、正直戸惑っているが、その分感慨深く嬉しく感謝している。山田プロデューサーとは本作含めて6本ご一緒させて頂いたが、とても情熱的で、作品を良くするにはどうしたらいいのかということを日々相談し、話し合い、そして伴走して頂いている。 その結果がこの賞につながり、ヒットという結果につながった。この場を借りて山田プロデューサー、ありがとうございました。あと何本作れるかわからないが、記憶に残る作品をこれからも作り続けていきたい。
■藤本真澄賞・奨励賞『爆弾』
岡田翔太氏(ネットフリックス ※製作時はフジテレビジョンに在籍)の話
私は『東京リベンジャーズ』で藤本賞の新人賞を頂いた。それから次は何をやろうかと思案していた時に、当時の私の全力が出せる企画をやりたいということと、見てくださった方が「面白い!」としか言えなくなるようなものを作りたいという思いで企画を考えていた。当時を振り返ると、原作を見つけた時の企画会議で、上司に「本当に面白い小説があって、面白いのでやりたいです」としか言わなかったと思う(笑)。そんな拙い企画ピッチにもかかわらず、そして非常にリスクも高い作品だったのにもかかわらず、「やろう」と言ってくださった当時のフジテレビの映画事業局の皆さんに感謝を申し上げたい。僕は監督・キャストの皆さんに「とにかく高い社会性とエンタメ性が両立できる面白い作品、そして見たことのないものを作ってほしい」とお願いし続けて、それを具現化してくださった。私が想像した景色以上のものを見せてくださり、私自身も驚いているし、感謝しかない。そして、この作品を奇抜なアイディアで宣伝して世の中に広げてくださったワーナーの皆さん、原作の力でサポートしてくださった講談社の皆さんにも感謝したい。
唯野友歩氏(AOI Pro.)の話
岡田さんと永井(聡)監督から企画のお話をいただいた時に、出来たらすごいけど、本当にやれるのかなというのが大前提にあった。色々なところを爆発させなくちゃいけないし、色々な人の嫌なところも見なくちゃいけない。ただ、なんとしてでも形にしたいなと思った。そういう覚悟を持ってこの作品に臨んだ。制作を進めていく中で、この作品については僕だけじゃなく、スタッフや、佐藤二朗さん、山田裕貴さんはじめキャストの皆さんも非常に強い信念を持ってこの作品に関わってくださっていたなと感じる場面が多々あった。 そうした個々で持ち寄ったエネルギーが非常に大きな渦になり、そのエネルギーをそのまま観客の皆様にお届けできたのではないかなと思う。それが結果的にこういった評価を頂くことになり、大変ありがたく思っている。
(取材 平池由典)