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清水 節のメディア・シンクタンク【Vol.9】

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清水 節のメディア・シンクタンク【Vol.9】

2014年08月08日
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『思い出のマーニー』以降、「作り方を変える」新生ジブリのゆくえ

 今夏も、世の話題は「ジブリ」を中心に回っている。ただ、公開中の新作よりも、スタジオジブリそのもののゆくえに焦点が集まっている点がこれまでとの大きな違いだ。宮崎駿と高畑勲が関与しない新生スタジオジブリ作品は、苦戦している。米林宏昌監督の長編劇場アニメ第2作『思い出のマーニー』の成績は、全国461スクリーン(以下sc)公開で、オープニング(以下OP)2日間が動員28.5万人/興収3.8億円。これは一体どのような数字なのか。

 昨年公開され、最終興収120.2億円にまで達した宮崎駿渾身の最期の長編『風立ちぬ』や、長い歳月と製作費51億円をかけ興収24.7億円に留まった高畑勲の壮大な実験作『かぐや姫の物語』との比較では分かりづらい。宮崎駿企画・脚本が謳われていた2010年の米林監督第1作『借りぐらしのアリエッティ』との対比で見てみよう。最終興収92.5億円だった『アリエッティ』は、427sc公開OP2日間で動員68万人/興収9億円。つまりOP2日間の興収対比で、『マーニー』は約58%減収。公開3週目までを比較すれば、『アリエッティ』は累計動員300万人を突破していたが、『マーニー』の累計は動員125.6万人(興収15.9億円)。いずれにせよ、半分以下の勢いに落ちている。

 筆者は『思い出のマーニー』の挑戦を高く評価したい。宮崎アニメが駆け抜けて30年。この国の在りようも子供たちの環境も様変わりした。『マーニー』は、今を生きる傷ついた魂を慰撫する物語だ。ヒロインは、少年と出会って健やかな生を充実させることもない。自分の分身のような存在と出会い、自我を見つめ自己を愛することから始めなくは前に進めない。健気な少女の眠れる身体が躍動し、生に立ち向かうのが旧ジブリならば、ようやく見つけた居場所で、生きるためにまずは心を修復するのが新生ジブリの姿。繊細な内面描写や精緻な美術は新境地に達している。ただし、説明的セリフの多さと視覚的クライマックスの弱さは残念だった。アニメならではの高揚感に欠けるのだ。

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 そんな『マーニー』が伸び悩む最中、8月3日に放送されたTBS系の密着ドキュメンタリー『情熱大陸』が潜入したジブリ取締役会議の席上での鈴木敏夫プロデューサーによる「制作部門解体」発言に話題が集中。メディアには「解散」「買収」の文字が飛び交った。そして、7日に放送されたNHKの情報ワイド『あさイチ』の中で、鈴木敏夫は「一部報道で解体しちゃうんじゃないかとか、ジブリがなくなっちゃうということが言われてるんですが、要はね、作り方を変えますよって話なんですよ」と発言し、宮崎駿が三鷹の森ジブリ美術館などで上映する短編アニメの制作に取りかかる可能性について話した。これを受け、今度はメディアに「解体説を否定」の文字が躍る。

 ちょっと待ってほしい。前言を撤回し、解体を否定したわけではないのではないか。『情熱大陸』での鈴木発言を採録しておこう。「すでに皆さんの耳に届いていると思うんですけれど、スタジオジブリの今の全容に、ちょっとそこに大きな変更を加えると。で、それはどういうことかと言うと、まあ制作部門、これを1回ですね、言葉はちょっときついんですけれど、解体をしようかなと。大掃除っていうんですかね。リストラクチャーというのか、再構築。それをちょっとしばらくの間やろうと思ってますので」「やっぱり宮さんの引退っていうのは、すごい大きかったんですよ。そのあとのジブリをどうするか。そういうことで言うと、そのまま延々作り続けることは決して不可能ではなかったんですけれど、一旦ここらへんで小休止してこれからのことを考えてみる」。すると宮崎駿が「そうやって悩んでもしょうがないから。来るときは降りてくるから(笑)。来ないときは何やっても来ない」と、次回作の可能性をほのめかす、という内容――。否定したのは会社の“解散”であって、制作部門の“解体”はせざるを得ないのであろう。

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 相前後して、4日に発売された『AERA増大号/ジブリがアエラにやってきた~丸ごと1冊ジブリ鈴木敏夫特別編集長~』には、ジブリの現在と未来に関し、示唆に富んだ言葉が並ぶ。元雑誌編集者である鈴木が、構成を行ったこの雑誌は、ジブリ美術館で開催中の宮崎駿引退後初仕事『クルミわり人形とネズミの王さま展』を巻頭グラビア特集とし、世代感やイデオロギーを前面に押し出し政治・社会にも斬り込んでいるが、ジブリ関係者の発言が興味深い。

 ジブリ・プロデューサー見習いでもある川上量生ドワンゴ会長は、「商業的じゃないのに売れるというのはジブリ特有です。普通の会社はまねしたらつぶれます」と分析。ウォルト・ディズニー・ジャパン社長から転身した星野康二ジブリ社長は、「ディズニーやサンリオになろうとは全く考えていない。ジブリはジブリ。いい映画のためだけに集まった集団なんです」と制作を止めないことを強調。

 ポリゴン・ピクチュアズに出向し、TVアニメシリーズ『山賊の娘ローニャ』をNHKと共同制作している宮崎吾朗監督は、ジブリの今後について「簡単にゼロにはできないですよ。版権だって、宮崎駿の息子の立場で言うと、将来、権利が誰かの手に渡って、縁もゆかりもない人間が金を稼ぐためだけに作品をひどく扱うのは許せないんですよ。美術館もあるし、簡単に解散なんてできません」と意を決する。

 そして会社の運命を握る鈴木敏夫はというと、日本に対する絶望感をテーマにした編集後記を綴り、対向面の1ページを割いて、直筆の筆文字で書いた座右の銘「どうにもならんことは どうにもならん どうにかなることは どうにかなる」をでかでかと掲げる。彼の父の故郷にある寺に貼られていたというこの文言は、窮地に立たされたときに効果を発揮するらしいが、まさにジブリの現状を察しさせながら、自らをなだめる魔法の言葉のようだ。

 かつてジブリは、制作部門のレイオフ(業績悪化などを理由とする一時的な解雇)を行ったことがある。『猫の恩返し』(2002)製作後に半年間、スタッフは他社の仕事をしてつないだ。コンスタントにヒットを飛ばす宮崎駿の長編アニメがない以上、今回の解体は期限付きのものではないはずだ。つまりジブリは、他の多くのアニメ・スタジオと同様に、企画を立ち上げてから必要なスタッフを招集する離合集散型の組織になると考えるのが自然だろう。

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 真相はまもなく明らかになるはずだ。では、作品が公開される度に子供たちを引き連れて劇場に駆け付け、国民的アニメを支えてきた国民の一人として、今後のジブリへの要望を述べたいと思う。「作り方を変える」なら、この機会に見せ方を変える先鞭を付けて欲しい。例えば満を持して宮崎駿が新作短編アニメを制作しても、上映館がジブリ美術館のみという形態では、機会損失を起こし、観客のニーズと時代の要請に対応しているとはいえない。

 鈴木敏夫は『あさイチ』の中で、もうひとつ重要なことに触れていた。「日本のアニメーションは、これから東南アジアで作る。もう始まっているんですよ。タイ、マレーシア、台湾。一部ベトナムでもスタート。おそらく、アジア全体で誰かが企画を考える。日本で考えて実際に作るのはタイとかね。だから実際に描きたい人はタイに行けばいいんですよ。日本ではアニメーションに夢をもって頑張ってやってきたけれど、一段落したんじゃないですか。アジアの国では、そういう火が上がりつつあるんですよ。アジア全域で1本の作品を作る時代が来るんじゃないかな」。

 アジアが一丸となってアニメを作る時代、1次メディアは劇場公開でもTV放送でもないであろう。ネット時代の新しいビジネスモデルを構築する必要がある。川上ドワンゴ会長は、その日のためにジブリの内部を深く知り人脈を築いてきたはずだから。作品そのものに対価を払う次世代の視聴システムを、ジブリアニメが切り拓く可能性は大だ。

 もうひとつ要望がある。『マーニー』公開に合わせて開催中の、江戸東京博物館の『「思い出のマーニー」×種田陽平展』と江戸東京たてもの園の『ジブリの立体建造物展』に足を運んでみた。『マーニー』の美術監督を手掛けた種田陽平によって生み出された、実写版『マーニー』も撮影可能な建築物は、ヒロインの心の変遷を追体験できる生活空間になっている。映画鑑賞を深めるものとして意味があり、公開中のパブリシティにのみ使用されるのは惜しいほどだ。一方、『千と千尋の神隠し』に登場する擬洋風建築の油屋のジオラマは圧巻で、ただ単に映画の世界に遊ぶという意図ではなく、作り手の想いと技が結集した創造物を通し、建築と人との関わりを知る場としても素晴らしい。

 最初のディズニーランドが、カリフォルニア州アナハイムにオープンしたのは1955年。1928年のミッキーマウス誕生から27年後のことだった。1988年のトトロ誕生から来年2015年で、同じ27年になる。2次元メディアであるアニメが成熟して、立体になることを志向し、作品の世界観を伝え直す。「ディズニーやサンリオになろうとは考えていない」社是は理解するが、ジブリ作品の世界観を後世に伝えていくために、ディズニーリゾートやピューロランドのような大量消費型施設ではなく、しかしジブリ美術館よりは大量集客可能な、文化的にも有意義な、これまでにないテーマパーク建設の可能性はないだろうか。それは、作りたい映画を作り続けるためにも有効な事業となるであろうし、何より、ジブリ作品によって育まれてきた世界中の人々が心から欲するものになると思うのだ。

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 本コラムは、業界紙記者とはひと味違う鋭い視点で、映画はもちろん、テレビその他をテーマに定期連載していく。また、総合映画情報サイト「映画.com」(http://eiga.com/)とコラボレーションし、画期的な試みとして2つのウェブサイトでフレキシブルに連載していく。この試みがユーザー(読者)、そしてエンタメ業界、メディアに刺激を与え、業界活性化の一助になることを目指す。




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清水 節(編集者/映画評論家)

 1962年東京都生まれ。日藝映画学科、テーマパーク運営会社、CM制作会社、業界誌等を経てフリーランスに。「PREMIERE」「STARLOG」など映画誌を経て「シネマトゥデイ」「映画.com」「FLIX」などで執筆、ノベライズ編著など。「J-WAVE 東京コンシェルジュ」「BS JAPAN シネマアディクト」他に出演。海外TVシリーズ『GALACTICA/ギャラクティカ』クリエイティブD。
ツイッター⇒ https://twitter.com/Tshmz

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