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美空ひばりさんを襲った芸能史に残る事件

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美空ひばりさんを襲った芸能史に残る事件

2011年06月22日
 6月24日は美空ひばりさんの二十三回忌である。

 20日には東京・日比谷の帝国ホテル・孔雀の間で二十三回忌の法要が営まれた。帝国ホテルは、88年の年末に生前、最後のディナーショーを行った思い出の場所でもある。法要には芸能、音楽関係者、マスコミ関係者ら約800人が招かれ厳かな雰囲気の中で執り行われた。

 その法要の中で、ひばりさんの生い立ちと芸能界での活躍がビデオ映像で紹介されたが、ひばりさんの芸能生活の中で、おそらく「最大の事件」として芸能史に残っているのが、「塩酸傷害事件」だろうと思う。その事件から五十数年――半世紀以上も過ぎようとしているにも関わらず、未だ語り継がれている事件となっている。

 事件は57年1月13日の夜9時半頃に起こった。場所は「東洋一の広さ」を誇っていた東京・浅草の国際劇場。当夜は、未だ正月気分も抜き切れない日曜日。しかも催し物は、人気スターだった美空ひばりさん、大川橋蔵、そして小野満とシックス・ブラザーズの「花吹雪おしどり絵巻」だった。

 華やかな舞台は、若い観客の熱狂的な声援と興奮の坩堝の中で、フィナーレに近づいた頃だった。会場からは「ひばりちゃーん」と声援の渦が巻き起こっている。やがて、スポットライトはひばりの待機している幕に向けられた。と、その時だった。最前列の客席である“かぶりつき”に座っていた茶色のオーバーを着た少女が、いきなり立ち上がり、ひばりを目指しでステージに駆け上がった。

 「ひばりちゃん!」。

 少女の、その呼びかけにハッと驚き振り向いたその瞬間だった。ひばりの顔を目がけて「エイッ!」と、絶叫に近い掛け声とともにビンに入れてあった塩酸を浴びせかけたのだ。ひばりさんは咄嗟に両手で顔を覆いながら泣き叫んだ。激痛を感じたひばりさんは、慌てて支度部屋に走りこみ、すぐに顔を洗ったという。

 当時、ひばりさんと個人的にも親交があり事件後、ただ1人、インタビュー取材に応じたのが私の恩師で大先輩記者だった故・味岡喜代治氏だった。味岡氏は生前、当時を振り返り私に語ってくれた。

 「周りにいた人間は、突発の出来事に気が動転してしまって、少女を取り押さえる余裕もなかったようだ」。全くの不意打ちだった。しかも、幕の影だったことから、この出来事に気づいた観客は殆どいなかったという。

 「その女を捕まえろ!」。落ち着きを取り戻した付き人の佐藤さんが叫んだ。少女は舞台裏の大道具の方に逃げ込もうとしたが、居合わせた浅草雷門のブロマイド屋「マルベル堂」の斉藤牛之助さんに捕まえられたそうだ。

 浅草署の取調べの結果、犯人は山形県米沢市生まれの19歳の少女だった。劇場でひばりに面会を求めたが、断られたことから、客席で機会を狙うことにしたという。

 「驚くことに、少女は中学生の頃からひばりの熱烈なファンだった。東京に上京したのも、ひばり会いたさのためだった。横浜・磯子区のひばり邸にも電話をかけたりしていた」(味岡さん)。

 捕まった時に少女が持っていたノートには「ひばりちゃんに夢中になっている。あの美しい顔、にくらしいぐらい。塩酸をかけて、醜い顔にしてやりたい」と走り書きがしてあったという。また、別のページには「ひばりちゃん、ごめんなさい。こうしなければ、私は死ぬに死ねない…」とも書かれていたという。まさに「可愛さあまって憎さ百倍」といった心境だったのだろう。

 ところで、思わぬ事件に遭遇したひばりは浅草病院に運ばれ、手当てを受けた。「傷は、左頬から首筋にかけて、皮膚が黒く変色し、左耳の下に小豆大の斑点が7、8ヶ所見られる程度の火傷だった」(味岡さん)。

 思ったより軽傷だったという。

 この夜は、入院せずに宿泊先の東京・湯島天神の「帆台荘」に戻った。事件翌日、帆台荘には鶴田浩二さんや江利チエミさんらが駆けつけた。また、ファンの群れで身動きも出来ないほどとなった。

 その味岡氏は、15年前のひばりさんの誕生日の前日――5月28日に自宅で脳出血で逝去した。倒れていた味岡氏の手元には執筆中だったひばりさんの記事が書きかけのまま置かれていた。

(渡邉裕二)
 

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